「国民の生活が第一、自立と共生、政治の根本について多摩地区で議論する広場」

<みうらのま> 底が抜けてるんだ。

 コピペ論文を指摘されて、コピペを否定せずに「私と一字一句違わず同じ意見だから不正ではない」と開き直った学生がいるそうで。
 熱意ある先生であれば「では今、君の学習成果を評価するために口頭質問してみるよ。ことによると、君は単位だけではなく、本学内における信用も失うことになるけど、いいかね?」なんて対応するかもしれない。しかし、それも相手が少数であればこそ。ある大学の事務職員が「定員が同じでも、倍率が半分になると、管理コストは倍になるんですよ」と熱く愚痴るのを聞いたことがある。

 これは大学に限ったことではなく、日本人全体の傾向のようにも思えるので、大げさに一般化してみると、 「いわゆる実定法と呼ばれる法や規範は必ず、基底に共同体の最大公約数としての倫理を想定していて、特定の権限を持った特定数の構成員がこの想定されるモデルを逸脱したとき、法体系全体が崩壊する。」 てことなのでは。

 法の穴を突くことや規範の裏を書くことは褒められたことでは無いけれど、合理的手段としてこれを実行する者は昔から居たはずだ。
 とはいえ、これに対する一般認識が、蔑視から賞賛へと反転したのはホリエモン以降のような気がする。時間外取引や株式分割で大儲けした時、彼は時代の寵児だった。後に衆院選に立候補し大統領制を掲げ、虎の尾を踏んで刑務所まで転落しても、彼の「功績」は揺るがなかった。
 以降、徳や品性といった観念よりも、「うまくやった奴の勝ち」という価値観が既存の倫理を上書きし、社会の底が抜けたように思う。

 安保法制可決のため、あのように下劣な手段と杜撰な論理を用いる為政者を、憲法は想定していただろうか。内閣法制局長官の人事から聴取不能の議事録ねつ造 まで、システム上の想定外を私達は、たくさん目の当たりにした。驚いたり嘆いたりばかりじゃいられない。今は9条の是非などを部分的に論じてる場合ではなく、私達が「共有された法や規範」だと信じているものは、徳や品性の地盤沈下とともに、すでに全体として崩壊している、と認識するべきなのかもしれない。

 「法的安定性が損なわれる」という言葉は、単に安倍政権を攻撃する武器としてではなく、生活者として戦慄すべき事態として受け止められるべきなんじゃなかろーか。
スポンサーサイト
コメント
No title
採決の議事録捏造したり
臨時国会シカトしたり
防衛相が「私人」だったり
ホントに現実が底抜け脱線ゲームになってしまいました。
別に上品な育ちでもないワタシでさえビックリするくらい(^^;)
2015/10/29(木) 13:11 | URL | anndue #-[ 編集]
No title
白と黒の間には必ずグレーゾーンがあり、法律をめぐる諍いではそれぞれが灰色を巡って白や黒に近い解釈をする。これは一般的だが、問題は権力者がやるとなると不都合が生ずる。権力の立場を強固にし一層彼らの横暴に歯止めが効かないからだ。権力を持たない市民や国民が権力を相手に意義を申し出る時にのみ正当性を持つ。民主主義の基本だと思うが。
2015/10/30(金) 10:03 | URL | 多摩の風 #-[ 編集]
No title
anndue

下着泥棒とか少年愛とか、もう、個別の無法ぶりを指摘するのも虚しいレベルで、落胆するのにも疲れちゃったよ。

「法は死んだ、私(行政の長)が法を殺したのだ」てことにしないと、
新聞も読めないや。
2015/10/30(金) 14:33 | URL | みうらま #-[ 編集]
No title
多摩の風さま。
沖縄の件で、防衛省が国土交通省に出した行政不服審査請求なんて、まさに「国民が権力を相手に意義を申し出る」ことを想定した作られたシステムですよね。
それを国(防衛省)が行使するなんて、法の不備とかじゃなく、やっぱ、「底が抜けてる」んだと思いますわ。
2015/10/30(金) 14:37 | URL | みうらま #-[ 編集]
コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する
プロフィール

日本一新の会 (多摩出張所)

Author:日本一新の会 (多摩出張所)
<特別寄稿を募集致します>
当出張所では、森友問題について
「自身でブログを開設するほどではないけれど、ぜひ物申したい!」というあなた様の原稿を
tama.nipponissin@gmail.com にてお待ちしています。報酬はございませんが、必ず(明白な悪意や公序良俗に反する場合を除き)掲載させて頂きます。
よろしくお願い致します。

田吾作、みうら、anndue

最新記事
月別アーカイブ
カテゴリ
RSSリンクの表示
検索フォーム
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR