「国民の生活が第一、自立と共生、政治の根本について多摩地区で議論する広場」

<田吾作の声> 自由は絶対か?   NO.63


 「表現の自由への侵害だ、自由を守れ」という主張は当然過ぎると思われる。だが「自由」は神聖にして犯すべからずとの考えには反対だ。例えばパリの風刺画でムハンマドを題材にしたことは銃撃事件に発展したが、イスラム教徒側からすれば預言者が執拗に揶揄されることを不快だと考えるのは当然だし、彼らにはそもそも偶像崇拝を認める習慣は存在しない。好意的に解釈すれば信仰は心の中にあるということだし、偶像そのものを信仰の対象とするキリスト教とは違う。言わばその文化の違いが表現問題で歴史的に対応が異なってきたと考えるべきだろう。傷ついた皮膚の上にギスギスと塩を塗るような行為が、自由という言葉で正当化出来るとは思えない。相手のアイデンテティーの深層にある文化を辱める行為は、野蛮そのものである。
 こうした事件には背景があると考えてよさそうだ、このコラムの読者の紹介でモサドがイスラエルへのユダヤ人入植者数を増やすために欧州で増えたアラブ人を扇動するように過激な風刺画を書かせる工作を行ったのが2000年代初頭で、今回は二回目だという報道を知った。この記事には半信半疑だったがほどなく一般紙で欧州のユダヤ人のイスラエル移住が急増していると報じられ納得したものだ。
 ところでクリスチャンでもある作家曽野綾子の言動が問題になっている。アパルトヘイトを肯定する内容だから批判が起きるのは当然だ。こうした類の自由論者には共通項があるようだ。人種や民族への偏見と差別を容認するという点だ。だから在日韓国人への露骨なヘイトスピーチ問題でもこうした連中が心の中で拍手していたことは予想に違わない。白昼の街頭で「殺せ」と公然と叫ぶことが自由なのか。
(2015.2.19)
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コメント
No title
ヘイトスピーチも、過激なだけで面白くもない風刺画も、ろくなもんじゃないと思いますが、法律で取り締まる、というのには二の足を踏んでしまいます。
言論の自由は法律で保証されても、度が過ぎれば、法律を怖れぬほどの怒りを買い、ブチキレた奴に殺されるリスクもある、てことではないでしょうか。
当然、殺人者は法で裁かれるべきだけれど、そこでの表現と報復が等価か否かは、法律とは別の社会基準があるんだと思うんすよね。
2015/02/19(木) 18:44 | URL | みうらのま #-[ 編集]
No title
「表現の自由」を盾に挑発、「民主化」を盾に東欧や南米や中東のクーデターを仕込んだことと、やり口は一緒ですね。

>みうらさん
私も有田ヨシフさんの反ヘイト法制の動きは正直乗れなかったです。
2015/02/19(木) 18:53 | URL | anndue #-[ 編集]
総てはシナリオライターと演者
前身、日本船舶振興会、A級戦犯(回避)、C○Aエージェント、金融ユ・・の仕掛けです。

組織の歴史を辿ると納得の発言です。

気色悪い昨今の闇の動向に吐き気がします。
2015/02/21(土) 11:45 | URL | 一太郎DASH #bc9mflF.[ 編集]
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