「国民の生活が第一、自立と共生、政治の根本について多摩地区で議論する広場」

<みうらのま> 一郎と太郎の夢、みたろう

 とうに松の内も明けたってのに、いまだ正月気分で、こんな初夢をみています。
 年末に騒がれた、山本太郎氏の生活の党への入党のこと、です。

 まず、衆院選の覚え書きと重複しますが、私は小選挙区制のオセロ性を批判する意見に与しません。けれども、いまだ二大政党の夢を見ている、というわけでもありません。日本での二大政党の夢は、2009年に実現し(未だ消化し切れない多くの教訓を残しながらも)歴史的使命を終えた、という認識です。
 そして当面は「一強 vs 多弱連合」という形のバランスが継続する、と予想します。

 で、初夢です。

 政治家と国民の関係のパラダイム・チェンジ
 多弱が「多強」となるためには、「連携」するしかないわけですが、この「連携」という現実的妥協を党の政策理念に共感し支持する人達に理解されるためには、「論理的な整合性」と「妥協に至る経緯説明」が必要ですね、盲従的な支持者でない限りは。
 その2要素を、一党独裁の巨大与党が、あらゆる場面で蔑ろにしてきたのは偶然ではなく、「一強 vs 多弱連合」のシンメトリーが織りなす必然なのでわないか、と。 
 多弱側の政党は、この能力を備えた政党同士でなければ、理解と信頼に基づく柔軟な連携ができず、淘汰されざるをえなません。そして、現実にそうなっています。
 また、このような政党では「議員になること」だけを目標として、政党を渡り歩くような個人は生きられず、逆に、自分と党の政策理念に従い党を移るのであれば、支持者の理解も得られるはずです。

 この現在進行中の転換こそが、党と政治家のあり方にとどまらず、有権者のうち「投票へ行かない50%の人」の多くを「自分で考えて投票する人」へと変化させ、その結果としての投票率の向上は、「保守 vs 革新」「親米 vs 反米」「自由主義経済 vs 保護主義経済」といった選表層的な政策論争の水面下から、「組織の命令で投票する人達 vs 自分で考えて投票する人達」 という構図を顕在化させて、地球市民としての民度を向上させるのではないかと・・・

 「寝言は寝て言え」ですね。 寝ながら、初夢を続けます。

 政治家と官僚の関係のパラダイム・チェンジ
 支持者と政党、政党と政党、が相互理解のための民主的政治に不可欠な力コミュニケーション能力をレベルアップさせることは、マスコミにも好影響をもたらし、(情報を大手マスメディアだけに依存するような)一般的国民と政治、の関係も変わってくれるかもしれません。

 このような環境が整って、はじめて、政治家は「官僚のために国民を騙す」仕事から「国民のために官僚を指示する」、本来の仕事に戻ることができるように、なるのではないでしょうか。
 そもそも、どんな経験や才知があったとしても、頻繁に就職(選挙)活動をしている非正規雇用の雇われ店長のような政治家が、「現場」に臨む頭脳明晰な高級官僚達に、勝てるハズ、コントロールなどできるハズがなかったのではないか、と私は反省しています。省庁に一人で対峙できるスーパーマンを求めるのも、スーパーマンを集めて「豪腕」で日本を変革できるような人物の出現を待ちわびるのも、誤った期待であった、という認識のもと、官僚と政治家の関係、ゲームのルール自体が転換される必要がある、と強く思うようになりました。
 
 初夢と山本太郎を結びつけるため、少々、強引な展開ではありますが、でも、まだ行きます。

 一郎、太郎、夢、みたろう
 政治通の小沢ファンには山本氏の政治能力全般に不信感があり、山本ファンは小沢氏を中心に繰り広げられてきた、ここ20年の政治全体に不信感があり、どちらのファンでもない私は、両者に共感します。それでも私は、この二人の連携に、官僚と政治家の関係自体が転換される可能性に、期待しています。
 しかし、小沢氏と山本氏の関係には、メディアが「必要に応じて」(集団安全保障などの)さまざまな楔を打ち込むこでとしょう。それに対抗するためにも(トートロジーになりますが)、官僚は「上からの意思に従い政治家を操る」仕事から「下(国民)からの意思に支えられた政治家に仕える」仕事をする、という、関係の根本的転換が、どうしても必要になると思うのです。

 この、タテマエ上は当たり前でも、実際上は非現実的な理想のように感じられる、政治家と官僚の関係で、政治家に求められる資質は、(国民の代表として官僚を指揮する)「剛腕」ではなく(国民の不幸を理解して、官僚が尽力したくなる)「魅力」なのだったりはしないかしらん。
 それが山本太郎だ(ったらよいのですが)とは断言できません。が、小沢氏がその剛腕を山本氏のために使い、それが実は山本氏の魅力によるもので、そのような人が今後、山本氏の回りに増えていくとしたら、それは彼の才能ですし、同種の吸引力をもつ政治家が増えていくのは、希望の持てる話ではないでしょうか。

 私は以前(クソ生意気にも)ブログに、
 彼ら(三宅洋平や山本太郎)の理想は今後、間違いなく一定の支持を獲得する(と私は予想する)が、平野代表の能力は、彼ら自身が理想の前の現実に直面し、目的のために手段が不可欠だ、と気付いた後に求められることになる。
なーんて書きました。
 「その時」は意外に早くやって来るのかも、いやいや、そうでなくては間に合わないかもしれない、などと、年末のニュースの余韻に酔い、まどろみながら、未だ初夢を見続けているのであります。

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