「国民の生活が第一、自立と共生、政治の根本について多摩地区で議論する広場」

<田吾作の声>自民党、昔の名前で出ています  NO.58

 戦後史を振り返ると長らく政治の季節が続いた。世界を敵に回した無謀な第二次大戦で敗北したこともあり、反戦平和の声は大きく街頭はもとより日本中でこだました。大雑把に言えばベトナム反戦運動まではデモや集会は日常茶飯事のことで国民の政治意識は高かったと言えるだろう。
 岸内閣打倒まで行き着いた安保条約改定反対闘争だったが継いだ池田内閣は所得倍増計画を打ち出し国民の関心を生活向上にそらし、結果的には経済の季節が始まることになった。労働運動も政治から賃上げに重点を移した。振り返れば権力主義の権化である岸の対極に位置する池田は政治姿勢も良識的で、彼が率いる宏池会は自民党の主流派として平和憲法の精神をぎりぎり堅持する役割を果たしてきたと言える。
 その栄えある宏池会の後継者に名を連ねる谷垣禎一は1987年に所属する自民党がスパイ防止法案を提出した時、主権者である国民の権利を制限するものとして反対し存在価値を示した程である。その谷垣は特定秘密保護法に反対しないどころかシンゾウ内閣を与党幹事長として支え軍事力強化の道を側面から支えているのだから驚き呆れる。かって宏池会の後継者争いで見るからに策士然たる古賀誠に敗れた時には同情を禁じ得なかったものだが、腹の据わらない本質を当時から見透かされていたと合点した。集団的自衛権でも明確に反対した古賀だが谷垣は賛成している。
 戦犯岸の孫シンゾウは政治的には強権国家を目指し、経済的には弱肉強食の新自由主義路線だからウルトラ反動主義者そのものだ。今の自民党はかっての国民の幅広い層を代表するものとは似て非なる党に変質しているが、谷垣のような変質者の存在があることを忘れてはならない。

(2014.1.8)

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コメント
No title
変質者て呼ばれるよりは、変態と呼ばれたい、とおもいました。
2015/01/08(木) 04:49 | URL | みうら #LkZag.iM[ 編集]
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