「国民の生活が第一、自立と共生、政治の根本について多摩地区で議論する広場」

<田吾作の声> 団地の片隅で  NO.52

 体を悪くしてから外出が少なくなった友人を訪ねた。話を始めると直ぐに彼が精神的に病んでいることを感じた。長年にわたり気功を熱心に取り組んできた彼は小生の師匠にあたるだけにその余りの憔悴ぶりに驚きを禁じ得なかった。気功を真面目に追究したのに体を悪くしたことがショックで自信を失うことにつながったという。それだけ気功へかけた彼の思いが強かったことが改めて確認できたものの、信じるものが万能だと思うことに純粋さと同時に危うさを感じた。
 彼は長年にわたって寝たきりの父親の介護を一人で引き受けてきた熱い男で、その父も昨年亡くなり自由に自分の人生を歩み出した直後の目の病だっただけに心が折れるきっかけとなったことは想像がつく。夕方6時には床に就くという日常からは前向きの姿勢は見えない。
 話は生命論から人生論に及び初老の二人には似合わない青臭い領域に入り込んだ。彼の不安の隠せない部分には経済問題もある。国民年金の余りの少額給付が、このことを予測して準備してきた筈の貯えをインフレで目減りするため補えないとの恐怖となって心に跳ね返っている。思考の悪循環を断てと一概に斬り捨てる訳には忍びない。
 最後は政治の話に移ったが、以前と違って「政治に期待しても何も変わらない」という悲観的な言葉が返ってきた。話の流れからして最初から「勿論小沢さんに入れるよ」という返事は期待していなかったが、このまま選挙を放棄すると自公が圧勝しやりたい放題の政治を行っていいのかの問いにはさすがに賛意を示さなかった。
 社会には独居老人、引きこもり、鬱病と孤独に苛まれながら明日への展望を拓けない人が多いことを実感した。その背景には貧困な政治がある。
(2014.12.10)
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コメント
No title
ヴォネガットという作家が
「『どんな虫けらも、踏みつぶされる時には小さな抵抗をするだろう』というが、その小さな抵抗をする意思すら奪い取ってから踏みつぶすのが、現代社会のやり方だ」
てなことを申しておりました。(30年くらい前に読んだ本なので、正確ではないです)
鬱病てのは、そんなふうに増産されているのかもしれませんね。

2014/12/10(水) 15:15 | URL | みうら #-[ 編集]
今更ながら
憲法について考えてます。
憲法って最高法規だってことぐらいしか今まで思っていなかったのですが
最近の世の中みてみて
戦争を回避し生命を守り、国民生活の中での幸福の最大限の追求こそが憲法なのかな…と
あれれ…全く逆に動いているなぁ…
97条を削除することは過去の歴史の冒涜ではないのかな…
2014/12/10(水) 16:25 | URL | 大豆麦 #-[ 編集]
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