「国民の生活が第一、自立と共生、政治の根本について多摩地区で議論する広場」

<田吾作の声> どちらが異常?個人と社会

田吾作の声 NO.33
 佐世保の女子高生による同級生殺害事件の社会へ与えた衝撃度合いは計り知れない。高学歴、エリート家庭での事件ということもあるが、首などの切断や解剖を行った残忍性や被害者を仲のいい友達だったという理解しがたい心理状態など複雑な要素が含まれマスコミの好餌となっている。
 反応を見ると、人の命の尊さを教える教育が足りないという意見がまず目に飛び込んできた。誰しもがこの意見に異議はないだろう。が、教室で百篇教師が説教して防げるような事柄ではないと思う。何故なら教室を一歩出れば如何に人命が軽く扱われているか生徒は否が応でも知ることになるからだ。取り上げるのも憚れる残忍な事件が、夫婦・家庭・職場・同僚・師弟など日常的な人間関係の中で、夥しいほど起きている。通学の電車に飛び込み轢死する事件も珍しくはない。初心な心には「何かこの世の中はおかしい」という疑問符が刻印される筈だ。
 ましてや、外国に目を転ずると普通の婦女子が理不尽な攻撃で泣きながら逃げ惑い、無造作に大量殺戮されるニュース映像が流れるのが珍しくなくなった現在、人間性の涵養などできる訳がないと思うのが常識だろう。確かに人間には慣れという免疫特性を具備している。しかし物事には慣れていいことと慣れてはいけないことがある筈だ。人命は地球よりも重いとも言われるのだから、粗末に扱われる命に衝撃を受けるのは当然である。
 この少女は地検へ送られ精神鑑定されるという。要は異常者として定番処理され一件落着となる筈だ。人間社会とは思いたくないような崩れた現代社会に素直に影響された者が落伍者として放逐される。本質が変わらない中で類似の事件が再生産されることも間違いない。
(2014.8.15)
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コメント
No title
そういわれてみると、執拗に少女の異常性を強調するマスコミの反応は
自分で自分に「だから自分達は正常なんだあ」って、
必死に言い聞かせているようにも見えますね。
2014/08/15(金) 12:24 | URL | みうら #LkZag.iM[ 編集]
時の為政者により
命に換えがたきものがあるのだ…
と、戦争をはじめ
命より換えがたきものは無いといって戦争を辞めてみたり…
結局泣くものが生まれることに正義なんて存在しない…そう思うようになりました。
命をお金に読み替えると戦争をする理由がしっくりマッチします…
2014/08/16(土) 21:41 | URL | 大豆麦 #-[ 編集]
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