「国民の生活が第一、自立と共生、政治の根本について多摩地区で議論する広場」

<田吾作の声>ヒトでなしの経済学

ヒトでなしの経済学 2014.5.18
経済を語る時に、ヒト、モノ、カネの組み合わせだという言い方がされる。しかし最近では成る程とは言い難いことが余りにも多い。
高齢化社会を反映して施設での利用者虐待が報じられることが珍しくない。障害者施設でも同様である。施設に入所している利用者は経済学ではさしずめモノ(商品)として扱われる。働く職員はヒトということになる。虐待が行われる場合は利用者が傷つけられる訳だから、労働者が商品を壊すようなものだ。利用者を血の通わないモノとして扱うから定数以上の人数をつめ込んだり、徘徊しないように鎖で縛りつけるなどの虐待が平気でまかり通る。頭数でカネ(事業収入)が左右されるのだから事業主にとっては背に腹は代えられないということになるのだろう。
虐待する側である労働者にも事情がある。賃金を始めとした待遇が悪いし、慢性的な人手不足と労働強化で仕事に追い回される日々が続く。彼ら自体もモノ扱いなのだ。要は人間らしく過ごせる時間がない、これが一般的な現状だ。有資格者が有り余るほど存在しながら一方で、この福祉の現場の体たらく。原因も解っているのに手を付けない行政の無責任さには呆れる。
 何年か前に東京都が委託した生活保護受給者専門の民間介護施設で事故があった。防火設備を手抜きしていたため多数の焼死者が出たという痛ましい事件で、これも人をモノ扱いした典型的な例である。
社会全体では膨大な非正規労働者が年々増加しており、今の日本社会はヒトが失われて、モノ扱いされる人間とモノ扱いする人間の二分化が進んでいるようだ。モノ扱いする人間には当然ながら人間性は持ち合わせないしそれを望むべくもない。この状況が格差社会の本質を表している。
                        2014年5月18日
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コメント
No title
岩井克人さんてヒトの本で読んだんですけど。

ヒトはモノを所有してもいいけど、
ヒトはヒトを所有してはイケナイ、
が奴隷廃止の考え方。
株主に対してはモノとして所有され、
会社の財産に関してはヒトとして所有する、
てのが法人の考え方だそうです。
日本には自然人と法人の二種類の「人」が居るわけですが
法人(モノ)が自然人(ヒト)を奴隷(モノ)として所有することを防ぐことができるのは、国家しかないわけで、
消費税を上げて、法人税を下げ(て、その穴埋めに、NPO法人に課税しようとしてい)る行政の長が、勇ましく「日本人を守る!」とか言ってるところをみると、あれは正確には「日本の法人を守る」てことなのかもしれませんね。
2014/05/18(日) 18:42 | URL | みうら #-[ 編集]
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