「国民の生活が第一、自立と共生、政治の根本について多摩地区で議論する広場」

<みうらのま>花水木の新年会

花水木の新年会

「日本一新の会」ちう名前って右翼ぽくて、イヤだな、とおもう。
私の先入観なので、どれほど一般的かは分からないけど、「一新」といえば「革新」的・左翼的イメージなのに、「日本XXの会」となると「保守」的・右翼的なイメージになる。このアンビバレンツは、なにか本質的なことを示唆しているようで居心地は悪くはないのだけれど、予約したお店で「日本一新会の者です」と言う時、声は小さくなるし、他のお客さんの目も気になってしまう。

 企画された会の忘年会が新年会に持ち越され、桜が散り花水木が咲く頃、ようやく実現した。大人てのは、こうも忙しいもんか。忙しい割りには昼間から飲み始め、焼酎のボトルは二本、一新された。

「オレは本当は保守だ、安倍なんぞは保守でも何でもない」と田吾作氏。保守・革新の話てのは、古今東西、飲んで政治を語る人あれば必ず集まる三世諸仏が織り成す酒の肴って気がする。

 ヒトは、未来を食べて、過去を排出する。ヒトは料理をすることで器官が消化に消費するカロリーを節約し、余った分で脳味噌を発達させたそうだ。脳味噌は過去の記憶として蓄積し、組み立てて、何を食べ何を避けるべきかを考える。
だもんだから、年月を経て記憶が多くなれば、保守的になるってのは味覚だけではないはずで、いわゆる左翼から右翼への転向てのは人間として自然な成長なのかもしれない。
 一方、若ければ何かを成し遂げる時間も潤沢、可能性を制約する記憶も多くないわけだから、未来に希望を抱き、「革新」に憧れ野望に燃えるのもまた、自然なのかもしれない。

 とすれば、保守は革新に対して未来の希望を、革新は保守に対して過去の歴史を、敬意をもって認め合うことが、両者にとって幸せな関係。逆に、保守は革新に対して経験の不足を、革新は保守に対して勇気の不足を、指摘し合うことが、不幸なパターンか。

 保守を自認する若者が外国人を中傷するとき、彼は今、どんくらい日本を愛しているのだろうか、と気になる。団塊世代の人達がデモに集まっているのを見ると、オジサン達がこれまでに、どんくらい日本を変えようとしてきたのか、が気になる。消化器官が排他的になれば拒食症になるし、免疫器官が外敵に親和的になればAIDSになる。

 早くに集まったのは早くに帰るためだったのに、多摩ニュータウンの夜空高く、まんまる大将が浮かんでる。この街が狸の森だった頃から、ゴーストタウンと化す未来まで、あーして見てるんだな。この星で生存競争に勝利した種が傲慢さを持て余して自滅するのさえ、もう何度も見てきた事なのかもしんない。
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コメント
No title
>予約したお店で「日本一新会の者です」と言う時、声は小さくなるし、他のお客さんの目も気になってしまう

私も新橋の懇親会の時、正直同じ気持ちでした。
維新の会と聞き違えられるかな、とも(笑)
2014/05/13(火) 20:01 | URL | anndue #E78bsbGk[ 編集]
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