「国民の生活が第一、自立と共生、政治の根本について多摩地区で議論する広場」

グローバル化の「恩恵」  NO.194

 異常気象という言葉が全く違和感のない毎日が続く。もともと日本の夏は湿気が多くて南方のさっぱりした暑さとは違うとは言われていたが、最近では東南アジアのようにスコールのような大雨が局地的に降るだけでなく居座り長く続くし、湿気の多い暑い日が年々長くなるのだからたまらない。
 そうした中でブラジル原産の毒蟻ヒアリが国内各地で発見されたというニュースが駆け巡った。当初の一部港だけに止まるという希望的観測も打ち破られ可成りの勢いで全国に増殖拡大しているらしい。スズメバチ並みに毒性を持つので幼児なら命を落とすことさえと伝えられ、母親の間では俄かに関心が高まっている。
 元々のアマゾンに生育していた時は、同じ毒性を持つライバルがいたため生態系はバランスがとれていたが、最初に「移住」したアメリカ南部には天敵が居ず大増殖したという。このアメリカからオーストラリア、タイ、中国などへ飛び火し拡大したのが遂に日本でも確認されたというのが真相のようだ。
 ヒアリ先進国のアメリカは農業大国でもあり様々な退治方法が研究されている。農業被害の原因にはアブラムシを退治する天道虫をヒアリが殺しそれと引き換えにアブラムシの甘露を頂くという共生関係を築くことがあるらしい。そのためヒアリ対策としてゾンビバエを使った生物農薬という方法も生み出されているという。
 考えてみれば温暖化という現象もヒアリの生息条件を満たしたものであり人類が環境破壊の結果招いたものだ。それに加えて自由貿易の無制限の拡大が外来種の節度なき移入を許し、在来種の駆逐を招いているのだから人類の罪は大きい。モノもイキモノも、そして天気までもグローバル化によるボーダレス化が進んでいる。
(2017.7.31)
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<田吾作の声> 人として生きること  NO.193

 日野原重明さんが亡くなった。105歳の大往生だった。生前の活動を振り返る様々な報道がマスメディアで伝えられているが、人道主義・平和主義という考えで貫かれ一生だったという点は共通している。故人が共謀罪法にも反対していたことを、成立時まではその危険性に頬被りしたメディアが伝えていた。
 彼の生命観を物語るものとして「命とは有意義に使える時間のこと」という言葉がある。このことを全国の児童に説いて回る姿はニュースで幾度となく報じられたことがある。
 エピソードとして印象に残っているのは、日野原さんが98歳から始めた俳句作りのきっかけとなった或る少年との交流である。岸和田市に生まれた未熟児の小林凛君は学校で苛めにあい中学から不登校になった。5歳から始めた俳句作りで気を紛らし、昆虫などの小動物を愛する生活をおくり、勉学は母親の独自カリキュラムに沿った自学自習で補っている。死ね、ボケなど級友達の発する言葉の暴力は、彼をギスギスしない平和な時間が欲しいという心境に導く。その彼がつくる俳句を知った日野原さんが文通を始め、大きく年齢の違う二人の間に交誼が生まれ続くことになる。
 日野原さんの勤める聖路加国際病院で勤務する友人からは哀悼のメールに返事があり、「院長は穏やかに天国に召されました。何時も笑顔で明るい人柄の最愛の尊敬できる方でした」との言葉があった。単に抽象的な人道や平和を語るのではなく具体的な行動者としての生き方がわれわれの心を打つ。
 生きることの意味を自らの生涯を通して示したことは後輩のわれわれに影響を与えずにはおかない。小生も悪戯に馬齢を重ねることを恥とし少しでも社会的に有意義な関与をしたいとの思いを強くした。
(2017.7.24)

<田吾作の声> 総理の価値は性格コンテストで決まる?   NO.192

 シンゾウ内閣の悪運も尽きかけたようだ。各種世論調査の内閣支持率で軒並み不支持が支持を大きく上回り過去の傾向から政権末期の危険水域に達したという。遅きに失したとはこの事だが、更に調査の内容を見ると単純に喜んではいられない。
 政策の批判よりも「首相が信頼できない」という意見が圧倒的に多いのだから首を傾げたくなる。安保法制・共謀罪の強行採決、武器輸出の制限取り払い、沖縄米軍基地の強化拡大、被爆国の矜持を投げ捨てるアメリカ核政策への追従、景気回復を出汁にした大企業本位のアベノミクス、遂には何が何でも憲法改悪への驀進とくれば、今まで長期政権であったこと自体が不思議である。政策よりも性格重視で、シンゾウの性格が悪いことが不支持の最大理由だというからいい加減な世論である。
 見方によってはシンゾウと違い、表面的に温和な人柄で飽く迄も頭が低く説明も丁寧であれば、かくも反動的反国民的政策を行っても首相は支持されるということになる。徹底した形式民主主義的な手法の持ち主ならOKというのが世論のようだ。
 政治とはまず国民生活を守り、国際協調で平和を維持することが基本でなければならない。貧富の格差が広がり、社会の連帯感が喪失し、将来への期待が持てない現在社会をどう立て直すかが必要なのに、政治的軍事的火遊びだけに耽るシンゾウの政治は本質から外れている。
 今後予定される内閣改造の効果がなくて、もし安倍内閣が終わっても自公絶対多数安倍一強の中では、総選挙も行わず自民党内のたらい回しで次期政権が生まれるだろう。このままではその「新政権」への期待感が生まれ折角の政治的関心の高まりが収斂する気配が大きい。その予兆は都政で経験済みである。
(2017.7.18)

<みうらのま> 新宿デモ行進( #20170709SHINJUKU)

新宿デモ行進( #20170709SHINJUKU)に1/8000人として参加した。

出発前の整列。どうしたって一般の通行人はノボリの周囲を団体と見なす。それでは個人として参加した意味がなくなる。しかし、抗える状況じゃない。
やむなく「肉球新党」の猫のノボリの尻尾に並んでいたところ、気がつくと、後ろに創価学会のノボリ。組織内の抵抗やシガラミを押し切っての参加であろう彼・彼女らに敬意は感じるが、その一員と思われるのは困る。『ひぃ、やめてえ~』という心の叫びが届いたか、新宿通りを左折する頃は、どこかに消えてしまった。

朝から畑仕事で疲れた身体に容赦のない西日が照りつけるなか二時間弱の行進。アルタ前に差し掛かる頃には、歩道からの視線などは意識からなくなり、砂漠で蜃気楼を追いかけるように頭の中が冷たいビールの幻影でいっぱい。

地下のバーで2パイント目のビールを流し込み終わる頃、I氏が現れた。その時間差が列の長さを物語っている。三杯目のビールを乾してバーを出る。
参加者がアルタ前で山本太郎氏と共に熱くなっている頃、私達は前川前事務次官が有名にした例の店にいた。


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うそです。m(_ _)m


界隈の文化研究をライフワークとする新大久保在住20年のI氏による案内で、怪しいカーテンの向こう側の世界へと足を踏み入れる。
・・・・・
一時間後、私達はコマ劇裏のバーのオープンテラスでビールを飲んでいた。
すこし興奮して多弁になったI氏が熱く語っている。
「いっやあ、自分はホント、感動しったす。前川さんて、ホントに最高の人っすよ、やぱ、週刊誌だけで知ったような気になっちゃイカンっす!」
彼の感動を共有するためには、歌舞伎町に関する私の知識と経験が足りない。しかし彼が言わんとすることをある程度は理解できる。
「あの娘、俺に小さい声で『アベソーリて誰ですか?』て聞いたんすよ!」
ある程度は理解できるのだが、それを誤解なく、嫌味なく、さらに誰も傷つけることなく文章に顕すためには、私の知力と筆力が足りない。

<田吾作の声> 「こんな人たち」の一人として   NO.191

 都議選での自民大敗北の余波が続いている。無能のお友達大臣を更迭でなく内閣改造で入れ替えるという算段をし、疑惑の加計学園問題で国会閉会中審査を実施しながら、肝心の野党が要求する臨時国会開催を先延ばしするというシンゾウの目くらまし的な策謀は続く。問題の張本人のシンゾウ夫婦がG20を口実に外遊中に開くのだから審査自体がアリバイ作りに過ぎず、内閣支持率の低下は続くだろう。
 それにしても投票日前日、唯一の街頭演説で秋葉原に現れたシンゾウが多数の聴衆のヤジに晒されたテレビ映像は国民と現政権との関係を象徴している。聴衆の中に森友学園の籠池理事長夫婦もいて、「嘘つき」と大声でヤジを飛ばす姿があった。テレビを意識していてアキエ夫人が寄付した100万円を返そうとのパフォーマンスも忘れない。森友の復古的な教育内容からして元来は自民党支持者に違いないのに、不利になると切り捨てるシンゾウの冷血さに心底逆上している様子が解る。
 この元祖自民支持者のヤジ集団に向けて、シンゾウが例の絶叫調で声を荒げた「こんな人たちに、負けてはなりません」と罵声を浴びせるのだから、現実はマンガよりも面白い。どんな批判意見にも謙虚に聞くという民主主義の基本を彼が学んでいないことを証明しているしヒトラーやトランプと瓜写しに見える。全ての権力(今や治安維持法のような非常時特権さえ持つ)を保持し、声を上げることしか術を持たない市井の群衆を撃つような姿勢が恐ろしいと感じた。
 その意味では「こんな人たち」は生まれてから一度も自民党に投票したことがなく、今回生まれて初めて共産党に投票した小生にも向けられた言葉だと解したい。萎えそうな心に闘志がもたげる。
(2017.7.10)

<みうらのま>  20170701 秋葉原報告


臨時国会も逃げ回り、国民の声を聞く機会も少なかろうと、安倍総理の秋葉原街頭演説会に出かけた。

正面のお祭り騒ぎに参加して騒ぐのもストレス発散にはなりそうだが、人混みのなか、移動がめんどうなので、彼らとは離れ選挙カーに近寄れる左手に居場所を確保、演説を聞くことにした。
あんなふうに指差され「彼ら一部の人達」なんて括られていたら、ガラスのハートが少しへこんだかもしれない。

祭りの中心から離れた場所でも、耳にイヤホンをした人の多いこと。
総理がくるので旗を振りに来た、といった商店街のおっさん、おばさん数人のうち一人くらいの割合いで突っ立ってる。

NHKの報道を「編集でヤジを消した」という人もいるけれど、大半の報道陣は祭りの内側にカメラを立てている。内と外では録音がかなり違うはず。
というのは、ある程度の距離がある私の場所まで響いてくる「安倍やめろ」コール、大盛り上がりであることがわかる反面、他の場所では大きな高級スピーカーが何本も立っており、クリアな音質と分厚い音圧で、それと分からないよう場内を包んでいたから。

「議論ができない」という演説につい反射的に「だったら国会開け」と声を上げると、どこに混じっていたのか、周囲から数人のヤジが重なった。イヤホンの人達が少しだけ動くのがわかる。
だからってわけでもないが、畳み掛けたりはしない。ヤジりに来たわけではなく、声を届けに来ただけなので、まずは演説を聞かなくてはいけません。総理の声を聞きたい周囲の人の邪魔になってもいけませんし、なにより、つまみ出されては来た甲斐がない。

お祭り騒ぎの正面を見たくない総理は大きく左右に顔を振って訴えかける。こっちに顔が向くと聴衆からニョキッと中指が立つ、あららと逆の方を向いても同じことが起こっているのだろう。「ウェストを引き締めるエクササイズ」みたいになってる。

昨晩、浅草を飲み歩き、心が下町モードなので、周囲で旗を振るオッサンやオバサンに咎められたら、落語のような会話ができるんじゃないかと、期待したが時々、声を上げる私を周囲は完全に放置してくれた。
それどころか、高級スピーカーがなかったら「安倍やめろ」コールに対して私が「うっせーな、聞こえねえじゃねーか」と声を上げていたかもしれない。

演説の終わりが見えたので、最後は心置きなく思いを届けた。
まけろー(笑)

<田吾作の声> ある夏の日の溜飲   NO.190

 東京都議選は小池百合子都知事の圧勝に終わった。だのに直前まで自民が小池系と競っているかの如く報道していたのだから、マスメディアは結果を予測しながらシンゾウへの配慮をしていたのだろう。忖度報道だ。都政上での失敗だけでなく国政での出鱈目ぶりが都民の反感をかったことで自民党は都政選挙史上で最低ラインに沈んだ。負けてみて初めて嫌自民・反自民の民意を知ったようだから、その傲慢な姿勢に論評する価値もない。驕る平家は久しからずの例えで表現したいが、平家は滅びても自民は滅びそうもないから今回の選挙も手放しで喜べない。
 長年自民とタッグを組み腐敗した都政の一翼だった公明党創価学会だが、いち早く移り身の速さで小池支持に乗り換えてちゃっかりほぼ現有勢力を維持しクリーンな正義面している。しかも恥ずかしげもなく、国政の場は従来通り自民とも連立は続けると言い切っているのだから驚く。小池知事も選挙戦直前になって自民党への離党届を出したのだから、互いに選挙民を欺く点では人語に落ちない。
 何よりも直ぐに嫌な経験を忘れ甘い言葉に飛びつくいつまで経っても成熟しない国民が問題である。確かに自民が負けて溜飲が下がることは否定しないが、過去にも何回となく汚職や腐敗の都政に怒り自民を野党として下野させた経過があることを忘れていいのか。その繰り返しでは話にならない。
 小生は今回生まれて初めて共産党候補へ投票した。結果は惨敗で生活感のしない都民ファースト新人と政界遊泳術にたけた現職の二人が当選した。確かに自民党ではないが当選した彼女/彼を見て暗澹たる思いがした。何を期待するのだ。地に足がつかない浮ついた言葉や将来を語れない政見が空しい。
(2017.7.3)
プロフィール

日本一新の会 (多摩出張所)

Author:日本一新の会 (多摩出張所)
<特別寄稿を募集致します>
当出張所では、森友問題について
「自身でブログを開設するほどではないけれど、ぜひ物申したい!」というあなた様の原稿を
tama.nipponissin@gmail.com にてお待ちしています。報酬はございませんが、必ず(明白な悪意や公序良俗に反する場合を除き)掲載させて頂きます。
よろしくお願い致します。

田吾作、みうら、anndue

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