「国民の生活が第一、自立と共生、政治の根本について多摩地区で議論する広場」

<田吾作の声> 頭のシンゾウが腐ってると…  NO.189

 「自民党は凶暴、ゴロツキ議員の巣窟」とは某紙の見出しだが、全くもって異議はない。良識ある国民なら誰しもが肯定するだろう。
 埼玉選出の女性代議士Tの目上の男性秘書への「ハゲーーッ!」以下の聞くに堪えない発言には驚きを通り越し呆れる。経歴は東大、ハーバート大、そして厚生官僚というから超一流であり、この事件は日本の終わりの象徴ではないかと思わざるを得ない。一昔前までは学歴偏重社会との批判はあっても最高学府の出身者はそれなりの識見だけでなく人間的にも一目置かれる存在が多かったと思う。今はマークシートの成績が重視の時代、高学歴であっても人間的深みや感性に欠ける輩が多すぎるのだ。特にシンゾウ時代には顕著に見られる現象である。こんな教養ゼロ常識ゼロの輩達がエリートなどと尊称を与えられていい訳がない。
 問題を起こした安倍チルドレンを見ると、金銭トラブル、育休中の不倫や恒常的な不倫、被災地視察で長靴不持参、ガン患者への差別発言と余りの低レベルの内容にため息も出ない。こうした馬鹿議員が日常的に「先生」と呼ばれているのだから国会は、冒頭のような表現をされるのだろう。
 問題はチルドレン世代だけでないのが味噌である。Tの問題発言を元官房長官の河村建夫が擁護するのだから話にならない。この御仁もシンゾウの親衛隊でありアベ一族は社会のゴミを集めた集団と言っても過言ではない。今回の事件を通して明らかになった点は、日本の高学歴社会の虚像が暴露されたことでもある。戦後教育の理念が踏みにじられた結果の到達点と見ればシンゾウの掲げる教育政策の誤りを真剣に正す必要がある。国を憂いて見せる奴等の本質が薄汚く腐敗し異臭を放っているのだから。
(2017.6.26)
続きを読む
スポンサーサイト

<田吾作の声> 国会に「電動自転車」を走らそう NO.188

 多摩丘陵の一角に住む小生にはチャリンコは絶対必要な道具である。自家用車を所有しようにも現役をリタイア―した身には維持費の負担で不可能に近い。バス利用も考えられるが運賃ゼロの自転車は懐具合からみて最高の移動手段だ。駅を背にして汗をかきかきサドルをこぐ帰宅途中の小生をすいすい電動自転車で軽やかに追い越していく若いママが珍しくない。中には前後に二人の小児を乗せている御仁もいて、思わず「母は強し」という言葉を実感する。
 ところでシンゾウの強権(狂犬)国会が強制終了したが、日本での女性議員の数を増やすクオータ制実現を目指す元労働官僚/元文部大臣の赤松良子さんたちが今後も活動を継続するという報道があった。政治という舞台/道路での電気自動車の役割を果たすのがクオータ制だと理解すれば、至極当然のように思われる。イクメンという言葉が時代の先端を行く言葉として使われるが、その実態がごく限られた恵まれた職場(大企業や中央官庁に代表される一部)だけの例外であることは公然たる事実だろう。乱暴に例えると「働き方改革」で突如出てきた一過性のプレミアムフライデーと本質は同じようなものと言える。そうした国民の眼を欺くものと違って、制度として男女平等を前進させ保障するものとしてクオータ制は必要だ。
 国権の最高決議機関としての国会で議員の男女比が対等になれば、議会での論議が変わってくるし、政治が生活者の視点で語られることが多くなると期待される。そう言えば強権国会の中で自由党の森裕子議員の活動が輝いていた。珍しく民放でその活躍を報道していたのが印象深い。意気地のない男性議員は数がいても戦力にはならないがママの強いことは実証済だ。
(2017.6.21)

<みうらのま> 印象操作としての総理記者会見


安倍総理の国会における、質問に答えず時間稼ぎをするため手法としては、
・ 修飾語をたくさん入れる(いわば、まさに、など)、
・ 質問を一般化し話し始める(「そもそも政治というものはですね」など)、
・ 質問の主体を中傷する(「だから、民主党の支持率は…」など)、
等が散見されますが、最近のお気に入りの「印象操作」などは、以前から使われている、
・ 質問自体を否定する(「基本的に間違っているのですよ」など)
というパターンの一種でしょう。

国会答弁で繰り返される、「印象操作だ」を聞くたび、私は馬鹿にされている気がします。
私の耳にはそれが、「国民はアホだから、おまえら野党の質問で簡単に印象操作されちゃうじゃねーか、きたねー手を使うんじゃねーよ」と聞こえてしまい、そこに含まれる、「国民はアホだから」という総理の基本認識に反応してしまうからなのですね。

6月19日の会見で総理は国民に向けてこう述べました。

印象操作のような議論に対して、つい、強い口調で反論してしまう。そうした私の姿勢が、結果として、政策論争以外の話を盛り上げてしまった。深く反省しております。

それはつまり、「国民がアホなのを利用して、印象操作する野党のやり方に乗ってしまった、申し訳ない」と、国民に向かって、言っているわけですよね。
これを聞いて、総理に何か謝罪されたと、いい気持ちになっている国民はおりませんでしょうか?
それ、印象操作ですから。
彼が何を「深く反省して」いるかを正確に聞いてみれば、考えられる再発防止が「アホな国民をたぶらかす野党の質問にはもう答えません」であり、その結果が、総理と記者による朗読会のような記者会見だったことには合点がいきます。
「真摯に説明責任を果たしていく」の意味も推して知るべしでしょう。

<田吾作の声> 凶暴なシンゾウ  NO.187

 共謀罪法が強行採決された。例によってマスメディアは後追いでその危険性を指摘し辻褄合わせの「中立」姿勢を演じている。記事にし放映するなら何故採決以前の大事な時期にやらず、曖昧な立場で報道したのだと怒りも沸く。しかし直ぐに無いものねだりの詮無い思いと諦める。
 シンゾウのこれまでの政治は明らかに戦争が出来る国家を目指しており、テロ防止を名目に反戦勢力を新芽の時から摘み取り国民総動員態勢を作り出す意図が透けて見える。アメリカの尻尾について地球上を回りドンパチやることで三菱などの軍需産業を潤す、特需で重工業を中心に景気も良くなるという算段は織り込み済みだろう。戦争さえ起きれば不景気と無縁の産業のため、後は需要という名の戦争を作り出しさえすれば良いのだから。要はアメリカが先例として行っている戦争経済を平時の経済に組み入れることに他ならない。その点でもそのアメリカとタッグを組めば好都合である。
 開戦のきっかけは幾らでもある。大量破壊兵器を保持していて危険だ、民主主義が脅かされている、無垢の民衆が死地に追いやられているのに放置していいのか、何でも動機に出来る。それもアメリカが多様なバリエーションを用意しているので心配はいらない。最近の北朝鮮の挑発行為は日米両国とも表向きの声明と裏腹に歓迎だろう。飛んで火にいる夏の虫だと、両国の戦争屋どもがロケット発射の度にほくそ笑んでいる様が目に浮かぶ。
 安保法制から続く一連の民主主義否定の強行政治は、仕上げとして憲法改悪・平和憲法骨抜きをゴールとするものだが、反対する民の声は宙に浮いている状態だ。アメリカと共謀したシンゾウに若者を共謀罪で拘束させてはならない、と唇を噛む。
(2017.6.16)

<田吾作の声> 教育は誰の権利か  NO.186

 シンゾウの改憲発議が大問題になっているが、自民党内でさえ経緯を無視したやり方だと批判があったという。しかし絶対的権力下、シンゾウの意向のままに策動は進められそうだ。大きな焦点である9条は自衛隊明記というウルトラCで反対意見を煙にまき、一方で高等教育無償化を加えることで支持拡大を図るという。緊急事態では非常大権を国会が持つというナチスの先例も取り入れることも忘れない。
 教育については2006年に基本法自体を国家のための国民づくりが目的だと改定しており、国家の意向を反映すべく家庭教育をその手段として位置づけている。現憲法の親が子供に持つ教育権を捻じ曲げ、家庭にまで国家権力の考えが行き渡るように仕組んでいるのだ。その具体化を目指し今国会で家庭教育支援法案の成立を狙っているが、その中身たるや戦時中に発令された「戦時家庭教育指導要綱」と同じだという。「贅沢は敵だ」と庶民のプライバシーまで介入し、多数の前途ある青年を戦場に駆り出し死地に追いやった「銃後の母」を作り出したバックボーンである。
 相次ぐ学校法人を巡るシンゾウ一派による国家財産の蚕食は、教育を真面目に考えない利権集団であることを暴露したが、根底には個人の自由を奪い教育さえも支配の道具に変えようとするファシストならず者集団であることを教えている。
 森友学園での「教育勅語」教育の実態を知っても無関心でいることは、歴史を忘れ過去に学ぼうとしない単なる無知だけで終わらない。その背景には国の形を変えようとする用意周到な陰謀があることが解る。高い教育費に悩む国民にさも無料で就学できるかのような幻想をまき散らし、最後は国の思うままに国民を動員する狙いがはっきりしている。
(2017.6.7)

<みうらのま> 直観の貧困

感性なんてものがアテにならないことは心得てるつもり。一目惚れを後悔する一生もあったろうし、知的怠慢の正当化にも供されてきた。
ここでは便宜的に、無知や先入観を含む感覚としての「直感」と、証明不能な確信を含む洞察としての「直観」を区別して、後者について考えてみたい。

先日の読書会(内藤正典氏著 「トルコ 中東情勢のカギをにぎる国」)、地理の先生のRさんが「第一次世界大戦後に線を引いた領域国家ていう考え方、これからどうなるのかしら」と話した時、目が合って、ドキッとした。
そうだ、先生てのはこうやって時々、目を合わせて生徒の集中をチェックしていた。聞いているかどうか、立証はできなくても、目が合えばバレちゃう。
続いてMさんの発言、「あの大臣て自分が理解してないことを答弁してるのが、はっきりとわかるじゃない?」。異論はない。でも、それを証明するのは難しい。
この世の中、「(面倒だったり、原理的にムリだったりで)証明はできないけど、確かにわかる」という、直観的領域は意外に広い。

アル中の友人宅を訪ねると、彼は母親と私を置いて「ジュースを買ってくる」と部屋を出た。戻ると、あきらかに酒臭いのだが、指摘するとムキになって否定する。
疑惑を否定しきれさえすればOKで、私が信じるか否かは眼中にないみたい。
スマホ中毒の娘も同様の症状を示しているところをみると、依存症というのは、人と人の間に在る直観的領域を見失いがちな病なのかもしれない。

安倍政権の人達にも同じ症状が散見される。「バレバレでも逃げ切れれば勝ち」という国会答弁の影響は、いまや社会全体に拡散して、信用収縮ならぬ「直観収縮」が懸念される。

恥ずかしながら、私もよく、「私の頭脳で対応できなくて申し訳ありません」という気持ちになる。それでいて心底では「こんな複雑な社会で、何が正しいかなんて、わかるはずもない」と開き直ってもいる。なのに、情報をかき集め、自分なりに考えるのは、頼りない直感を少しはマシな直観に高める努力に他ならない。

ものごとが最終的には多数決で決まる民主主義で、議論という過程を省略できないのは、それが満場一致の理想を求めて止まないからではなく、議論自体が有権者の直観を養うからではないか。
一人ひとりの有権者がそれぞれの努力や経験で培った直観から投じる一票。その総和となる集合知に従えば、「神の見えざる手」よろしく、最適な人を議会に送り、最適な意思決定が得られる(はず)。代議制民主主義の基礎には、そんな公理が埋め込まれているのかな。

今日の文明社会を築き上げた、民主主義というシステムに私は感謝する。
しかし、文明は本能を鈍麻する。直観が本能の道連れになれば、民主主義の基礎が腐り、耐震工事を求める不安の声が高まる。そして現れる「この道しかない」というスローガンの先に私は、ろくでもない厄災しか思い浮かばない。

フェラ・クティは「アフリカに民主主義は通用しない」と言った。彼らは道ですれ違うだけでお互いの力量が直観的にわかるので問題が起きない、と。「democracy」を「demonstration of crazy」と揶揄した彼には、このシステムの欠陥が見えていたのかもしれない。

<田吾作の声> 白けた民主的国会    NO.185

 維新と公明を会派に従えたシンゾウの暴走は止まらない。立て続けに強行採決が行われ誰もがこの国の将来に暗澹たる思いを馳せているのではないか。院外行動の参加者の焦燥感も尋常ではない。秩序立った国会の審議模様を見るたびに違和感を抱きこれが民主主義かという煩悶を繰り返しているだろう。
その疑問を氷解するきっかけを手にした。平野貞夫さんの論である。日刊ゲンダイの取材への答えであるが、端的に言えば国会議員は体を張って闘えということに尽きる。戦争への扉を開くものだと確信するのなら、ルール通り形式の枠内で行動するだけなら馬鹿げている。戦争で犠牲になるのは国民であり、その国民の代表として国民の命を守るという使命感があれば已むに已まれぬ行動になる筈だ。シンゾウの清話会パーティーを考慮して採決に協力したなど論外だ。
 成立阻止のためありとあらゆる手段を講じる。それは当然の理である。だのに反対を言うだけで行動が伴わないのは、言葉だけの反対に過ぎず本気でないからで単なるアリバイ作りに他ならない。本気で闘ったことがなくどう闘えばいいかわからないのなら、小沢一郎に聞けということになる。命に関わるとなれば真剣、切実であり、様式に則って処することで事足りる筈がない。
 野党がシンゾウ一派を数の暴力、横暴と非難しようとこのままでは総選挙が実施されても冷めた国民が反自公の投票行動に再結集することは難しいだろう。形骸化した民主主義議会の相棒としか映らないのでは当然の流れだ。
 どんなに不可能と思える事態でも必死の覚悟で体を張って闘う者が3人いれば状況は突破できるという信念を述べた御仁が居る。知識・経験全ての持てる力を総動員するということだ。小生も同感である。
 「山宣ひとり孤塁を守る」たる気概ある政治家は期待できないのか。
(2017.6.1)

プロフィール

日本一新の会 (多摩出張所)

Author:日本一新の会 (多摩出張所)
<特別寄稿を募集致します>
当出張所では、森友問題について
「自身でブログを開設するほどではないけれど、ぜひ物申したい!」というあなた様の原稿を
tama.nipponissin@gmail.com にてお待ちしています。報酬はございませんが、必ず(明白な悪意や公序良俗に反する場合を除き)掲載させて頂きます。
よろしくお願い致します。

田吾作、みうら、anndue

最新記事
月別アーカイブ
カテゴリ
RSSリンクの表示
検索フォーム
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR