「国民の生活が第一、自立と共生、政治の根本について多摩地区で議論する広場」

<田吾作の声> このままでは殺される!  NO.164

 年金抑制法案が強行採決された。どう法案を読んでも年金支給額を引き下げる意味にしか理解できない。「抑制」などという表現に惑わされている人は多いのではないか。総理シンゾウは「世代間の公平を図る」としばしば口にしているが言葉は便利である。何も考えない(考えることを知らない)若者は、自分たちにそもそも貰える年金はあるのかという不安があるし何故退役受給者の「高い」年金を負担しなければならないのかという疑問がある。その心理に付け込んだシンゾウの甘言は自分たちの将来負担が減ると結びつき一定の説得力を持つのかも知れない。
 これまで年金は絶えず切りさげられてきたが、現行制度も多くの反対の声を押し切って2004年に「百年安心」などのうたい文句で成立させたものだ。現役リタイア後の生活の糧である年金制度に政策の失敗のツケを回すというのだから出鱈目である。経済成長時には有り余る掛け金を贅沢な施設建設などで散財し死亡した人にも支払うなどの出鱈目管理を行ってきたが、処分されたのは雑魚ばかりで官僚トップの責任は見逃された。食い物にした政治家も同様だ。
 「身を切る改革」などという言葉も乱発してきた。政治活動でなく生活費に使われている政務活動費の廃止、議員年金への国庫からの助成廃止、国民生活の破綻策しか検討出来ない国会議員の交通費などの特権の返上などをすべきである。内部留保をため込みながら現役世代の低賃金を放置している現実にメスを入れ法人優遇策を正すことも必要だ。
 シンゾウの驕りはTPP協定案の強行採決もあったし、安保法制の強引な成立など一貫している。生活も平和も各人の人生も破壊する冷酷な指導者シンゾウを引きずり下ろすしかない時が到来した。
(2016.11.30)
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<田吾作の声> シンゾウの悪あがき    NO.163

 総理シンゾウは世界のトップをきって次期米国大統領トランプと会って、親密ぶりをアピールした。トランプの当選は各国に今後の戦略の練り直しを迫った。その中での行動だから注目度はこの上ない。訪米目的がシンゾウの政策の理解を求めるものであるのは当然だろう。対中国問題、沖縄の基地問題、米軍駐留経費負担の増額問題、日本の核武装問題など外交安保関連のトランプの主張は本質的に異論のないシンゾウだから、お得意の「丁寧に」「粘り強く」国民に理解を求めるやり方でトランプの主張に合わせる積りだろう。
 問題はTPPである。日本政府は多くの国民の反対の声を無視して経済規模世界一のアメリカの意のままに進めてきたTPPだが、選挙公約通りトランプがTPPから離脱すればシンゾウの政治的死につながる。そのため会談後に初対面にも拘わらずトランプを「信頼できる指導者」と持ち上げ、今や報道報国会と化した大手マスコミは何の根拠もないのに礼賛記事を書きまくった。
 ところがその数日後にトランプが大統領就任初日にTPPから離脱するという方針を出したことで、TPPの成立は絶望的になった。体よくトランプにいなされた訳だ。焦りまくるシンゾウは大統領選最中に先行き不透明なTPPの国会承認を行おうと強引な姿勢を取り続けてきたのだが、相変わらず意固地になり成立に躍起になっている。狂気の沙汰としか呼びようがない。気違いに刃物という今では余り使われない言葉があるが、これ程適切な表現は見当たらない。
 先の戦争を敗戦として受け入れられない永続敗戦論者の面目躍如である。勝ち目のない戦争に日本が突入したのは誰も責任をとる者がいなかったためと指摘される。無責任の体系の頂点にシンゾウはいる。
(2016.11.25)

<みうらのま> 幻燈としてのトランプ現象



 飲み屋で出会うと、いつも興味深い話を聞かせてくれる心のお医者さんが新聞の切り抜きを取り出した。
9/30 の朝日新聞で、山田昌弘という人が面白い事を書いている、と。


 横軸に「現状に満足か不満か」、縦軸に「将来に希望があるか悲観的か」という四象グラフを描きます。
 ・現状に不満で将来に希望を持つ人は「革新」
 ・現状に満足で将来に希望がある人は「進歩」
 ・現状に満足で将来に悲観的な人は「保守」
 ・現状に不満で将来に悲観的な人は「反動」
トランプ現象など右傾化する欧米の若者は「反動」に入ります。

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 今にしてみれば結果的に、米国では、この第三象限(反動)の投票行動をとる人が予想以上に多かった、ということになる。
 私には山田昌弘さんがこの第三象限を、なぜ「反動」と名付けたのか、わからない。また、現状に不満で将来に悲観的な人が、なぜ「動」くことに「反」対するのかも、わからない。
 それでも、ここに真理の匂いを嗅ぎ取ることは、できる。


 現状に不満で将来に悲観的な人は、動く気力も失ってしまう。あるのは、社会への、生への、呪詛だけ。そんな極端な人は少なくても、こんなブラックホールが第三象限の中心にポツリと存在し、境界を超えて他の象限へと波及する、強力な重力を及ぼしているのかも。


 以前、「憎悪の政治」というエントリーで、
 > 集団的無意識が不安や不満で膨張した時、うずまく負のエネルギーを推進力に転換する機構の中核には、ルサンチマンのカリスマのような資質の人間がいる。
 と書いた。選挙が終わると誹謗中傷、罵詈雑言が嘘のように静まったトランプ氏の行動と整合的だと思う。もちろん、ブログが言及しているのは安倍晋三氏について、であり、この文章は
 > 安倍政権の一貫性は、(中省略)、民衆の負のエネルギー増大が目的(中省略)に感じられて、私ゃ、そこが恐い。
 で終わる。


 10年以上前から職場の同僚達で「NSH研究会」という報告会を続けている。NSHとはネタミ・ソネミ・ヒガミのことで、設立当初の報告の対象は「2ちゃんねる」に棲息する(今で言う)ネトウヨの観察であったのが、年々、対象が拡大し、現在では政治・経済・社会・芸能に至るまで、世情を覆い尽くしてしまった。
 会は昨年、ある事件をキッカケに一応、解散したつもりであった。日の本の国の日が暮れて、闇夜でカラスを探すような作業に存在意義を見失ったからだ。
 ところが、日本列島が夜ならアメリカ大陸は昼とは限らず、今回の大統領選の結果に、研究会は自ら選んだそのテーマの延焼を予測できなかったことに、今、呆然としている。


 トランプ現象を世界的な反グローバリズムの潮流と解釈し控えめに喜ぶ人を見て、前述のエントリーの書き出しを思い出した。
 > 将来の不安や現在の不満がより高まれば、安倍政権が倒れるのではないか、という考えは楽天が過ぎると思う。

<田吾作の声> トランプ現象が現実に  NO.162

 アメリカ大統領にトランプが誕生したことは世界中に波紋を広げている。予想外の結果だと国際政治学者(即ちアメリカ中心の政治を考える専門家)が語れば、日米安保の重要性は新大統領も理解してくれると政治家は自らを慰めるように呟く。いやはや日本を主体的に考えたこともない輩達の気の毒なまでの混迷ぶりが露わになっている。マスコミもアメリカ社会の変化を読めず上辺だけの報道に終始した。
 今回の選挙で解ったことは次のように整理できる。共和党も民主党も主流派はエスタブリッシュメントの代理人であり、それに対する批判の声が両党の候補者選びで明らかになった。共和党は主流派を排除した形でトランプが党丸ごと取り込むことに成功した。ところが民主党はサンダースがヒラリーの主流派に合流する道を選んだことで、サンダースを支えた勢いが削がれ中にはトランプ支持に回った層もあった。女性初の大統領になるかも知れないヒラリーだがエスタブリッシュメントの権化であり付いていけないという訳だ。
 終わってみて最早何も変わらないことが徐々にはっきりしている。アメリカ政治をウオール街(エスタブリッシュメントの物理的な象徴)が仕切る構図は今まで通り、ただ金のかかる今までの世界の一極支配は手加減し内政への手立てを図る。アメリカに守って貰いたかったら相応分負担せよ、核の傘にいなくても自前で核武装しても構わないという姿勢にも通ずる。21世紀の新モンロー主義と解すれば胸に落ちる。
 今回の事件はアメリカナイズされた日本の支配層の思考の低次元ぶりを暴露したが、シンゾウなどはトランプのお墨付きを盾に核武装・軍事力強化の好機と捉えるだろう。いよいよ日本が試される番だ。
(2016.11.13)

<田吾作の声> 日本企業はブラックが主流  NO.161

 日本一の広告会社電通での過労自殺事件は衝撃を広げている。過去にも会社側は当局から過重労働の見直しを指摘され、しかもその原因がやはり過労自殺にあったというのだから札付きの犯罪会社ということになる。正真正銘のブラック企業に他ならない。電通には鬼十則というおどろおどろしい名の行動規範があり、その一説に「(仕事に)取り組んだら放すな、殺されても放すな、目的完遂までは……。」という文言がある。
 典型的な日本的精神論だが、この十則が作られたのは1951年で戦後復興が本格的に始まった時である。その一方で経済成長を促した要因に上意下達の中央集権的組織構造をあげることができる。なんて事はない両方とも戦前の軍国日本の象徴であり、敗戦という貴重な経験を経たにも関わらず後生大事に受け継いできた訳だ。何故戦後日本の平和と民主主義は底が浅いのかを考える時、その遠因に結び付く気がする。日本国憲法は会社の門までしか及ばないとは評論家佐高信の名言だが、塀の内側で維持され育まれてきたことを今回の事件は物語っている。
 自殺した女性は有名大学卒でそうしたエリートの鼻をへし折ることを最初に、電通イズムの叩き込みが始まるという。異常なやり口が報道されているが、先輩社員の靴に注がれた酒を飲まされるという話には読んでいて具合がわるくなった。
 業界一の企業の実態は社会全体に悪影響を及ぼしてきたことは明白だろう。労働行政の怠慢がここまで来たのだから、単なる取り締まるポーズに終わらせてはならない。本気に働き方改革を言うなら政府は反社会的な企業には公的機関の入札は認めないなどの措置を執るべきだ。
 塀の中の非民主主義を見逃してはならない。
(2016.11.8)

<みうらのま> 報告: 「井上達夫、小沢一郎 憲法、そして民主政治を語る」(2016年10月27日於憲政記念館)

 最初に人選を聞いた時から「これは」という予感があった。果たして期待を上回る内容の濃さで、二人を出会わせてくれた主催者に感謝、感謝。
 この気持ちをシェアしたく、以下、ご報告です。


 憲法について
 立憲主義と民主主義は突き詰めると矛盾がある。民主主義は多数決、しかし、多数決(大衆)は時々、判断を間違えるので、憲法によって国家の暴走を防ぐ。だがその憲法も、立法府と国民選挙によって改憲可能である。このため、憲法は「一括では」変えられないことになっている。
 従って、自民党が憲法草案をまるごと採用させようとすれば、それはクーデター。(井上氏)
 護憲だ改憲だという議論はくだらない。天皇も9条も最終的には国民が決めること。法制審議会は法案について審査する内閣の一部局でしかなく、本来は憲法を審査する場所ではない。思い上がってる。また、解散権が総理にあるようにいうが、解散は不信任案に応えてするべきもので、総理の自由裁量という考え方は間違っている。(小沢氏)


 小選挙区制について
 55年体制がそうであったように、コンセンサス社会というのは、少数者が同調圧力に負けて意見できない空気を作りだし、当責性(当事者責任性?)を曖昧にしてしまう傾向をもつ。経済成長が見込めないゼロサム社会においては「分配正当性」が問われるわけだが、これは正解のある問いではないため、国民が為政者の降板を判定できるよう責任が明確化されていなくては、ならない。つまり、これからはコンセンサス社会では立ちいかない。(井上氏)
 55体制が成り立つことができたのは、経済成長の時代だったから。冷戦後の時代は、責任をもって政策を実行して、国民の判断でいつでも、政権交代ができる構造、つねに政党間が緊張感をもって対峙する社会が必要。(小沢氏)


 国連について
 能力が不十分というが、国連を否定したら、大戦前に逆戻りするしかなくなってしまうではないか。PKOは現存する唯一の国連軍。そこでは自衛隊の指揮権は国連に手渡すべき。PKO法案の多くの欠陥は、国連中心主義を明確にすることで完成する。(小沢氏)
 湾岸戦争で「自衛隊の指揮権は国連に手渡すべき」まで言い、イラク戦争では自衛隊派遣を反対した小沢氏は一貫している。前者は国連としての多国籍軍、後者は米国の戦争だから。そんな政治家は小沢一郎、一人しかいなかった。集団的自衛権と集団安全保障は言葉は紛らわしいが、大きく異なる。ひとたび紛争が起きたとして、前者は戦火を拡大させるが、後者は縮小させるという意味において、正反対。(井上氏)



以下、感想です。

 感想 「憲法の正統性(レジティマシー)」
 「憲法は法律の法的根拠だ」というロジックは「それでは憲法の根拠は?」という話になってしまう。憲法は権力の正統性を保証するものだ。。という井上氏の説明、急ぎ足だったので、いまいち、ピンとこなかった。


 感想 「ここまで来ちゃった以上、しかたがない」症候群
 「昔の開戦も終戦もそうだったでしょ」(小沢氏)。うむ、市場から撤退できなくなったGPIFとか、金融政策では効果が上がらないでわかってきても引き返せない黒田バズーカとか、安保法制の後、南スーダンの自衛隊派遣をめぐって改憲賛成が増える傾向とか、現在もあらゆる場面でそうなりつつあるかも。井上氏の戦力統制規範の不在ていう指摘を敷衍すれば、南スーダンで日本の私生児みたいな状態の自衛隊に死者が出れば、一気に9条改正の流れになるはず。その時には、安保法案に過半数が反対していた世論も、「ここまで来ちゃった以上、しかたがない」て考えるだろう。しかも、その時、その状況で、井上氏が主張するような、理性的改憲案や議論など、できっこないのは、イスラム国に後藤健二さんが殺された時を思い起こせば、確信をもって予想できる。くわばら、くわばら。


 感想 小選挙区制
 冷戦後の世界で政党はかつてのネゴシエーションによるコンセンサスとは異なる、責任を明確にした緊張感のある関係が必要であることは理解し、諒とする。パンドラの箱が開いたような世界情勢のなか、ぬるま湯の与野党関係を継続すれば、国家は座して死を待つより他はなかったかもしれない。
 しかし、ぬるま湯から立ち上がって走り出すからには、目を開け周囲を見渡せなくてはならない。小選挙区制導入に際して、果たして政治家や国民にその認識はあったんだろーか。「だからこそ、国民の自覚が必要だ」などという「べき論」ではなくシステム論として。
 小選挙区制の導入で期待された「緊張感」は、どこに作用したのだろうか。政党間の議論は深まっただろうか。
 ある種のルール変更はゲームを根本から変えてしまう。安倍政権の国会運営は強行採決の前菜として、中傷し、ウソをつき、論点をぼかし、時間を浪費する。国会での緊張感は、いかに議論を避けられるか、に費やされているようにみえる。
 きっと彼らはこう思ってる。国会?そんな所で勝負するより、それが国民に届けられるための媒介(メディア)をコントロール下に置けば、国民の印象操作など自由自在だ。世論の動向はビッグデータにもとづきリアルタムでモニタリングしている。微修正を繰り返しながら機を見て解散すれば、政権を手放す日など、永遠にやって来ないだろう、と。
 その結果、ビクビクする緊張感が増したのは政治を報じるメディアであり、緊密度が増したのはビッグデータを持ち、メディアを操る電通との関係だったり。
 この行動指針は、旧ルールのもとでは不正でも、新ルールのもとでは不正ではなく合理的視点から見れば正しい指針であること。これを認めず、政治倫理や道義的見地から政権批判しても的外れで、例えていばサッカー、負けたチームの監督が「オフサイド・トラップは卑怯だ」とか「審判が公正なジャッジをしていない」とコメントするようなもの。そんなものはボヤキであって、戦略ではない。
 「政党である以上、政権を取ることを目指さなければ、なんにもならない」のであれば、なおさら。


以上
プロフィール

日本一新の会 (多摩出張所)

Author:日本一新の会 (多摩出張所)
<特別寄稿を募集致します>
当出張所では、森友問題について
「自身でブログを開設するほどではないけれど、ぜひ物申したい!」というあなた様の原稿を
tama.nipponissin@gmail.com にてお待ちしています。報酬はございませんが、必ず(明白な悪意や公序良俗に反する場合を除き)掲載させて頂きます。
よろしくお願い致します。

田吾作、みうら、anndue

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