「国民の生活が第一、自立と共生、政治の根本について多摩地区で議論する広場」

<田吾作の声> 悲しき日本人    NO.137

 若冲展が終わったという。江戸時代の画家の作品を見ようと押し寄せた人の数が半端ではなかったようだ。5時間の待ちもあったという。小生も何年か前にNHK番組で伊藤若冲の存在を知ったが、少なくとも学校で教わったことはなかった。
 その作品の多くがアメリカ人の所有だというから驚きだ。明治時代の欧米文化礼賛は寺社が所有する多くの貴重な文物を散逸させたが、その代表が浮世絵であり今や貴重な作品の多くは欧米で所有されている。渡航出来ない日本人は作品が里帰りした時に拝観できるという惨めを囲っている。浮世絵の影響はゴッホに与えたことを授業で学んだことを思い出す。
 ところで若冲も似たようなケースを辿っている。日本人が価値を見出せず目を向けなかった若冲作品に魅せられたアメリカ人蒐集家が大量に買い集め、今ではロサンゼルスに常設館もあるという事実に衝撃を受けた。集め始めたのは、1970年代に日本人が若冲を評価した以前の1950年代だというから凄い。
 維新以後は西欧の価値観で物事の是非や善悪を判断するのが日本人の気質になってしまった。青い目のフィルターを通して初めて安心するという性根が定着した。極端なのは政治面ではアメリカへの信奉、礼賛、従属が恒常化し、今では対米批判自体を罪悪視するまでになっている。それは「アメリカ様」という言葉まで生んでいる。世界遺産に認められれば途端に観光客が押し寄せるという現象も本質は同じだ。欧米化は文明よりも文化面において深刻である。
 問題はこの風潮の根底に根強い白人コンプレックスがあり、一方でアジアやアフリカ系は見下す露骨な差別意識を内包していることだ。更なる国際化で自己欺瞞が深まるだろう。
(2016.5.29)
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<田吾作の声> 流す水は汚染水  NO.136

 伊勢志摩サミット後のオバマ大統領の広島訪問が決まり、ほぼ日本中が歓迎一色に染まっているようだ。画期的、歴史的などという修飾語が躍るマスコミ報道を見て日本人の悲しいサガを感じる。
 オバマは「核兵器なき世界」政策で平和主義者の印象を与えノーベル平和賞を授与された。彼が二期目を終えようとする今、振り返るとロシアとの間で核爆弾の若干の削減を合意しただけで核保有国に全廃を提案したことさえない。一方で在任中に臨界前核実験を行い新規核兵器の開発を継続するなど従来の政権と何ら核政策の姿勢は変わらなかった。人類の生殺与奪の権限を握る権力者の言葉に一時は世界中の人が期待したが今は冷めている。ところが日本のこの現象だから異様だ。
 天皇制軍国主義によって筆舌に表しがたい地獄を経験した日本国民は、権力側が打ち出した一億総懺悔という言葉に丸め込まれ戦争の被害責任を忘れて仕舞った。滑稽なのはその中のシンゾウ一派を始めとした少なからざる国民がアジア諸国への加害責任は認めたがらないことだ。往生際が悪い永続敗戦論者達である。戦争責任論と同じ経過を示したのが、原爆被害に対する反応である。そのことを象徴するのが原爆慰霊碑の「過ちは繰り返しませぬから」の言葉である。誰が、誰に、何を言いたいのか意味不明の曖昧な言葉は、加害責任さえ問おうとしない。加害者も被害者も共に戦争の被害者だったという訳だ。要は核兵器の改良を指示する政治家もその研究に日夜勤しむ兵器企業労使も、原爆症の後遺症に苦しむ人も皆、原爆慰霊碑の前では頭を垂れて平等に平和主義者になれる。これも「積極的平和主義」の姿か。
 残念ながら悲劇は繰り返すだろう。
(2016.5.25)

<みうらのま> 刑事訴訟法改悪法務委員会傍聴傍論

棚ボタで刑事訴訟法改正の参議員法務委員会を傍聴する機会を得た。
この法案については以前も書いたし参議院インターネット審議中継でも見ることができる。
大きなメディアは沈黙しているが、そうでないメディアでは多くの人が危険性を訴えている。

だから、私ごときがそれを繰り返しても、仕方がない。
それでも、せっかく得た機会なので、本質的ではないため、あまり語られてないように思われるけれど、私の心象にゴキッと残った部分を、補足のつもりで列挙しますです。

・通信傍受
NTTの立会い不要、対象は電話にかぎらずデータ通信も対象。
盗聴の末に犯罪が見つからなければ、盗聴された事すら知らされない。
犯罪を企てる人は、この法律を知らぬはずはないし、知っていれば暗号化するに決まってる。
通信の暗号化など1円もかけずにできるし、因数分解に関するノーベル賞もんの発見でもない限り、解読は不可能。
つまり、この法律の効果は「一般人も盗聴されているぞ」という、薄く広い脅迫の効果がある。
戦時中の隣組効果、一億総監視社会への入り口。
通信傍受に関しては、場内が失笑する小川議員の寸劇と、場内が嘲笑する岩城法務大臣の答弁があったのだが、そのバカバカしい問答を聞いて、もし、パノプティコン効果を意図して法案を設計した奴がいるとすれば、そいつは、この場所には居ないんだろうな、と実感した。

・日弁連
日弁連が本法案を「一歩前進」として評価したことが腑に落ちない。
法案の一部が弁護士の仕事を増やすことになるため、という説を信じたくない、
「嘘だといってくれ」の心境。


・一括法案
安保法案と同じく、一括法案にしてしまうことで、議論が個別に深まらない、深めない戦略。
盗聴法だけで、あれほど騒がれたことを思うと、そのやり方の、えげつなさと効果の絶大さに、改めて驚く。
大手メディアはアンダーコントロール、ネットメディアは広がりの無い一部の国民、多くの国民は釈然としない情報のなかで漠然とした不安だけを抱いている今、舛添氏が都知事を降りれば、都知事選+衆参同日選挙の可能性が高いんだろうな。
一括法案ならぬ、一括選挙て感じ?

・キャッチフレーズの問題ではない、とは思うけど・・・
委員会後、議員会館前で反対集会で気を吐く仁比聡平議員のスピーチが、総がかり行動の人たちによる戦争反対のスピーカによって邪魔される場面があった。
もちろん、故意ではないのだが、象徴的な構図に感じた。
「緊急事態条項」が「全権委任法」なら「刑事訴訟法改正」は「治安維持法」に等しいと思う。
なぜこれほどまでに、耳目を集めることができないのか。
やはり「戦争法案」のようなキャッチフレーズが必要だったのか。
司法取引は 「冤罪倍増計画」、一部可視化は「別件捜査推進法」、通信傍受は「盗聴法プレミアム」とか。

・民進党
小川議員の奮闘は無いよりましではあったけれど、
民進党については、「早く分裂したら?」、それ以外の言葉が見つからない。



<田吾作の声> 植 民 地 日 本        NO.135

 日本を舞台にしたアメリカ人の横暴ぶりが目に余る。何気なくテレビNHKのクローズアップ現代「新リストラ時代」を観ていた時のことだ。漫才タレントとして露出度の高い厚切りジョイソンが、業績の良い企業が社員を首切る最近の風潮に「企業経営者として当然で、日本の労働者は守られすぎ」と無法国家アメリカと比較しながら賛意を示していた。例の大声で絶叫する発言に今の労働行政に批判的な学者の主張はすっかり霞んで仕舞い後味の悪い思いをした。同時に改組前の同番組を思い出し、まともな意見に極端な反論を対置することで相殺して仕舞う新たな手口かと感じた。
 不快な気持ちでいたら大統領選関連番組に共和党支持者を代表しケント・ギルバートが出ていて驚いた。巨泉の番組に出て以来忘れていたその彼が時を同じくして本を出すということも知った。沖縄関係の本で、辺野古基地は必要だという主張をしている。早速ネットで検索すると彼はずっと滞日し、企業向け弁護士業をやりながら政治的活動を展開していたことを知った。GHQの呪縛から脱皮せよ、自虐史観を改めよという主張は今のネット右翼やシンゾウ一派と全く同じで今の政治風潮と一致する。改めて自らのアンテナの低さを悔いた。
 アメリカによる文化侵略は今に始まらないが、政治分野についてまで露骨に口出しするまでになったことに驚く。我が物顔で闊歩するアメリカ人を見て独立国とは何かを考えた。
 アメリカが世界一の機能と規模を誇る海外基地のある日本。駐留する海兵隊が日本「防衛」機能は持たず、辺野古はアメリカの経費軽減の為にだけ必要なことは知られている。その沖縄で元アメ兵による虐殺事件が起きた。日本という国が問われている。
(2016.5.22)

<田吾作の声> 足るも恥も知らず   NO.134

 舛添都知事の自らの政治資金収支報告書疑惑に関する釈明会見を見た。疑惑の中身は都知事選立候補前の政治活動にまつわるもので、家族旅行や家族揃っての外食を政治活動と認識するという社会常識を欠いた事実が暴露された。要は彼がマツリゴトを行うに値しない人物であることを満天下に示しただけだった。
 それにしても世界有数の大都市東京、予算規模年間約13兆円はインドネシアなど多くの国を上回る。凄いのは大企業優遇の制度も後押しすることもありGDP比較では、韓国などを凌駕する世界14位になるということだ。そこのトップの猪瀬前知事が5000万円を「頂戴」したことが東京オリンピック招致運動の頂点にあった時に発覚し不名誉な退陣をした。その後任者がまたもや金銭問題を仕出かしたのだから深刻だ。
 かって都知事は政府を相手に時代を先導する政治を行ってきた歴史を持つ。代表的なのは美濃部時代で、対立候補の石原慎太郎を相手にせず「ストップ・ザ・サトウ」と石原のバックの佐藤総理を引きずり出し闘う程だった。そして見事に勝った。日本の福祉の基礎は東京都が作ったと言っても過言ではない。その東京が何時からおかしくなったのか考えると、生活レベルが上がり豊かになった高度成長後であることに気付く。
 現知事の問題は昔のセコイ政治資金の話だけでなく、今の姿勢にある。毎週公用車での別荘通い、外国への大名物見遊山など知らされただけでも異常な金銭感覚に呆れる。独裁国家のトップと同じで私費と公費の区分など眼中にない。
 「運悪く」東京オリンピック誘致で2億円の不透明振り込み事件が表出したことで問題は拡散している。何れにせよこの程度の人物を選んだ都民の責任も大きい。
                      (2016.5.18)

<田吾作の声> チンピラのメディア制覇   NO.133

春はスタートの時期である。学校での進級、進学は遠い過去の思い出になって仕舞ったが、定職から解放された身分になっても新たな決意を期す時に変わりはない。周りでも出発や再出発を見聞することが多い。何れにせよ再出発ともなれば、それ迄のやり方を反省し改善し向上することが狙いであることは当然のことだろう。新聞の紙面刷新を見ても購読者離れを防ごうとする必死の意図が見てとれる。

ところでテレビ番組に前大阪市長の橋下徹が登場ししかもレギュラー出演するというから驚いた。それが宿敵朝日新聞系列のテレ朝だというからびっくりポンだ。大阪府知事当時に出鱈目な行政運営に批判を加えた週刊朝日の記事に激怒したハシモトは朝日に猛然と反発、マスメディアの弱点を衝く取材拒否など恫喝を交えた戦法を駆使し遂に謝罪を勝ち取った。その後も事ある度に朝日への集中攻撃を止めずマスコミとしての生命線である批判精神を奪うまでになった。因みに朝日ではハシモト批判はタブーと化し、新聞購読減の最大の要因となったとか噂を聞く。その結果が今度の新番組である。要するに朝日グループは全面的にハシモトに屈服した訳だ。

ハシモトが世に知られたきっかけになった日テレの番組にも復帰するらしいからこれで彼はマスコミを制したような気分だろう。もっとも裏を返せば国民がハシモトに舐められたという事に他ならない。ひと昔前、新聞がマスメディアの主流だった頃は、紳士の作る新聞の拡張に暴力団が関与していると批判されたことがあった。今や新聞の存続自体が危ぶまれる時代に、今度は稼ぎ頭のテレビの視聴率を上げるためにチンピラ弁護士の協力を仰ぐというのだから漫画だ。

 (2016.5.13)

<田吾作の声> スポーツで考える  NO.132

男子バドミントンの選手が違法賭博を理由に決まっていたリオ五輪出場を取り消された事件には驚いた。あたかもプロ野球の賭博事件と重なり社会的な関心を呼び、処分そのものにも賛否両論が渦巻いた。小生の関心はそのことよりも、カジノを合法化せよと主張している輩達の反応である。アンテナが低いせいかカジノ問題と結びつけた意見は聞かなかった。

そもそもカジノを合法化すれば違法賭博は必ず付きまとうのだから、導入論者は今回の事件をどう見ているのか聞きたいものだ。処分された選手は海外遠征先で賭博を覚え帰国後も味が忘れられず闇賭博に嵌って仕舞ったという。景気対策としてカジノ解禁/導入を大合唱した慎太郎などの無責任な言動を改めて思い出す。

ところでバドミントンでは女子の方でも考えさせられることが起きた。アジア大会ダブルス決勝戦で既にリオ五輪出場枠を確定している選手が、今大会で優勝すれば新たに出場枠を獲得出来る同じ日本人選手を破ったことを巡る反応である。大方のマスメディアは残酷・非情だとして堂々と闘い優勝した選手を悪者扱いした。日本人の性格の一面を表わしているが、普段強調するスポーツマンシップと整合するとはとても思えない。都合の良い時には江戸時代の花も実もある武士道精神を採りあげ、逆の場合は西欧の合理主義を賛美するのではたまらない。因みにこの話題は決勝後、中国メディアによる「わざわざ負けて日本の出場枠を2つにしようとは考えなかったのか?」という質問が契機となっている。ストレートな物言いだが日本マスコミも同趣旨の考えであることは間違いない。

ダブルスタンダードの報道姿勢が日本社会をますます屈折させている。

(2016.5.8)

<田吾作の声> 憲法論議以前にやるべきこと NO.131

 憲法記念日を迎えたが日本国憲法を取り巻く状況は大きく動いている。それは安倍内閣の改憲策動が本格化していることが大きな要因となっているのは言うまでもない。 

 
昔、憲法を学んだ時は正直言ってかたぐるしく興味が沸くような内容でなかった。言葉を換えれば、条文は当たり前すぎて堅苦しいという印象だったのだ。それが人並みの人生経験を経た現在では、生存権や勤労権など基本的人権があるから国民が堂々と主張し行動することが出来ると有難味を感じている。それだけに最近の国民の側の姿勢が軟弱化している傾向が気になる。
 憲法論争の争点は戦争放棄をうたう
9条の改悪問題である。シンゾウを支える右派勢力は日本会議に結集し改憲一本にエネルギーを集中し世論を作り出すことに奔走しているようだ。桜井よしこなどは宣伝塔として八面六臂の活躍ぶりだが、学問の権威づけを行うのが日大教授の百地章なる人物である。風采の上がらない容貌だが数少ない改憲派(自民党ご用達の)学者として重宝がられている。安保法制論議の際に自民党の参考人である憲法学者が安保法制そのものを憲法違反と批判したことが話題になった。憲法を語る学者の中に自民党改憲案を支持する者は危惧種に属する状態である。従って百地発言を聞いても学者とは思えないレベルで論評に値しない。
 改憲の最大の根拠はアメリカに押し付けられた憲法だから改悪すべきということに尽きる。シンゾウ派は
TPPの受け入れ、普天間基地の辺野古への移転、オスプレイの配備など次々にアメリカの要求を呑んでいる。どうやらこれ等は押しつけではないらしい。
 オスプレイや
TPP,辺野古を跳ね返すことが出来ない者に改憲の発議権はない。

(2016.5.3)

<田吾作の声> スリーダイヤが国を亡ぼす  NO.130

  三菱自動車工業の燃費不正事件は改めてこの国の大企業の体質を教えて呉れた。世を挙げて環境重視社会になっているのに公然と反旗を翻すような今回の行為に弁明の余地はない。

三菱自工は2000年に発覚したリコール隠し事件の前科があり、その際も情報隠しが次々に暴露され驚かされたことを思い出す。顧客からのクレーム情報を本社の品質管理部で全て把握しながら電算処理で分類し適当対応していたことが判り、意図的な隠ぺい行為への世間の批判は頂点に達した。隠ぺいは三菱重工業から自工として独立した1970年から行っていたことを知り驚いたことも忘れない。資本提携関係にあったダイムラークライスラーからは提携を打ち切られ、販売高は急減し経営危機に陥った。リコール隠しが原因での死亡事故も明らかになり、三菱自工が欠陥企業であることが明確になったのだから当然のことだ。

普通の企業なら直ちに倒産する筈が生き残ったのは、グループ挙げた支援によるものだった。さすが組織の三菱と褒めたいところだが、今回の事件で1991年から法令と異なる不正な試験方法で燃費データ計測を繰り返していたことが明らかになりリコール隠し事件の教訓が全く生かされていないことが判った。三菱グループ挙げた犯罪行為だと言うべきだろう。しかもリコール事件から「再出発」を図った以前から今回の不正は行っていたという。犯罪だと断言するのはそのためだ。

大きすぎて潰せないという言葉を過去の企業犯罪で教えられた。今度は、大きすぎれば何でも(法違反も)平気で出来るという言葉を覚えろということか。有体に言えば三菱はならず者企業である。こうした破廉恥企業が存続できる日本がおかしいのではないか。

(2016.4.30)

プロフィール

日本一新の会 (多摩出張所)

Author:日本一新の会 (多摩出張所)
<特別寄稿を募集致します>
当出張所では、森友問題について
「自身でブログを開設するほどではないけれど、ぜひ物申したい!」というあなた様の原稿を
tama.nipponissin@gmail.com にてお待ちしています。報酬はございませんが、必ず(明白な悪意や公序良俗に反する場合を除き)掲載させて頂きます。
よろしくお願い致します。

田吾作、みうら、anndue

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