「国民の生活が第一、自立と共生、政治の根本について多摩地区で議論する広場」

<田吾作の声> 政治に籠絡されたJAの末路  NO.125

 JA系全中出身の山田某国会議員が全農幹部に暴力を振るったとする報道が飛び交った。小生も知人からこの件で複数のメールが入ったが、その時の反応は「当然」と「やっぱり」だ。
 情況は自民党本部で開いた加工食品の原産地表示に関する会合で口論になった際の出来事らしい。加害者も被害者も共に可成りのフラストレーションが溜まっていたことを理解せねば事件は理解できないだろう。普通に考えれば子供レベルの事柄だからだ。山田某が2007年に初当選したきっかけは、長年指定席だった参議院の農業界代表枠だった議席の維持が難しくなり農水官僚からの立候補者がいなくなった時に、自ら工作して手を挙げたことにある。農業を知り尽くし農業を守るエースなどと喧伝しJA界を挙げた違反まがいの選挙戦を展開したこともあって議席を得た。誰もが羨む票も金もJA持ちという結果だからその分期待も大きかった。ところが新自由主義に染められTPP推進、従米一色の安倍内閣下で彼の公約は全く実現できなかった。
 自民党が国民を騙し復権した有名な公約の一つに「TPP参加反対」があるが、農村は山田を通じてその政策実現を託した。その積りが結果的に農業破壊の政治にJA界は代表を送り出し協力したことになり、組織内での反山田の怒りと不満は充満している。それが口論に出てきた背景であり「当然」の意味だ。
 JAや農村からの批判の目や声を一番知り尽すのも彼で、生来の強気の性格も手伝って本質を衝かれたことへの咄嗟の逆上した行動だとする見立てが「やっぱり」の理由だ。
 政治主義に戦後JAを一貫して誘導してきたのも全中であり、今回の事件を考えると自ら策に溺れた当然の結末とも言える。
(2016.3.31)
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<田吾作の声> すもうがレスリングになった日  NO.124

 それにしても酷い取り組みだった。初老特有の現象なのか、テレビをつけたらつい愛想の尽きかけた相撲だが何となく観ることがある。春場所は久方ぶりの日本人力士の横綱誕生かなどの話題を抱え盛り上がった。期待そのものは文字通り早々に泡沫の夢と消えて仕舞ったが、千秋楽の結びの一番での白鵬の勝負は全てを台無しにした。
 堂々と突っ込んでくる相手を一瞬のうちにかわし突き落としたのだから、場内の観客も不満の声をあげ退場者も多く出て表彰式はガラガラの中で行われた。立ち合いでの猫だましや張り手、勝負がついてからのダメ押しと相変わらずの品格のない取り口が続けていたが、優勝を決める横綱同士の一番でこれだから当然の反応だろう。ブーイングや退場者続出という異常な事態の中で白鵬は涙していたが、それが反省でないことは誰にも解る。幾ら批判されても繰り返すのは根底には勝負にきれいも汚いもないという考えがあるからだろう。
 ただ強ければいいという傾向はモンゴル力士の台頭を呼び、ますます顕著になった。そう言えばネット上で白鵬への批判が多いことに元祖無品力士朝青龍が参戦しルール違反でもないのだから悪くないと擁護していた。要は相撲観が違うのだからこうしたことは今後も続くだろう。
 呆れるのは八角理事長が示した問題の一番への「あれはいなしだ」との見解だ。連日の満員御礼の立役者にケチはつけれませんということだろう。儲けが全てという相撲協会の姿勢は、勝てば良しとする力士の姿勢と通底している。観るほうも土俵はリングでありスモウレスラーのショーとして覚悟すべき時代かも知れない。
(2016.3.29)

<みうらのま> 憎悪の政治

将来の不安や現在の不満がより高まれば、安倍政権が倒れるのではないか、という考えは楽天が過ぎると思う。

その期待は、秋葉原通り魔事件が潮目を変えて第一次安倍内閣が倒れた、2008年の経験によると思うのだけれど、それに対して、バカ菅と野ブ田が露払いをして再登場させた第二次安倍政権は、第一次安倍内閣に致命傷を与えた民衆の不安と不満を政権の推進力に転換する、という画期的な機構を備えて再登場した、と考えるからだ。

馬鹿という言葉には与太郎のような、どこか呑気な印象が伴うので、侮ってしまいがちだけれど、知的に馬鹿であることと、妖刀村正のような怨念の虜であることは両立する。

平野貞夫翁はいう、「小沢一郎だって、民衆の集団無意識には抗えない」と。

集団的無意識が不安や不満で膨張した時、うずまく負のエネルギーを推進力に転換する機構の中核には、ルサンチマンのカリスマのような資質の人間がいる。

安倍政権の一貫性は、富裕層厚遇でも、経団連の御用聞きでも、対米お追従でもなく、民衆の負のエネルギー増大が目的と考えても、多くの政策に合理性があるように感じられて、私ゃ、そこが恐い。

<田吾作の声> 小沢一郎が結集軸   NO.123

 「オールジャパン平和と共生」主催による安倍政治を許さない総決起集会に参加した。中心的に動いた植草一秀の狙い通り全野党代表が結集し盛り上がった。個人的にトラウマを持つ共産党だが山下芳生書記局長の言動や態度を見る限りでは今回は本気だという気がする。
 久し振りに見た民主党の篠原孝は全野党結集の動きに小沢一郎排除が条件だと言う元総理野田佳彦を批判し、民主党政権時の農業政策が小沢の功績だと言い切るなど別人の印象さえ受けた。鳩山由紀夫は普天間返還を求める外交政策を外務官僚に妨害された事実を明らかにし、その後鹿児島から駆け付けた川内博史が今はその官僚が存在しないと白を切る内部文書を場内にアップで映し出して参加者に霞が関の売国奴の実態を暴露した。山田正彦はTPP推進で中心的なアメリカで全大統領候補が反対という情勢の中、狂った安倍内閣は批准を急ごうとしており断固阻止の意思を強調した。
 熱気に溢れた会場だったが真打小沢一郎の登場での盛り上がりぶりは群を抜いていた。演説自体は相変わらず下手で「一生懸命」の言葉を繰り返す単純なものだったが、参加者には十分満足のいく時間だったようだ。不思議な魅力を発する男である。山下芳生が拍手する場面が印象的だった。
 そう言えば自公が笠にかかって小沢一郎潰しの総仕上げと仕組んだ岩手県知事選で、小沢一郎が志位委員長に会い野党共闘を実現し不戦勝したことが今日の情勢につながったことを想起した。
 焦るシンゾウは民主党から鈴木宗男の娘を引き抜き、国会で共産党を破防法対象団体として再確認させる質問をさせるなど、国民の反共意識を煽っている。イチロウのシンゾウとの対決が迫っている。
(2016.3.23)
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<田吾作の声> 純粋さを失ったスポーツの宿命  NO.122

テニス選手シャラポワのドーピング問題が報じられている。禁止薬物使用が原因で今後の選手活動に大きく影響するだろう。ロシアは陸上選手のリオオリンピックへの出場が難しいと言われており、スポーツ界自体が大きく揺らいでいる感じだ。それにしてもいつまで繰り返すのだという気持ちと、生身の肉体をぶつけ合う健全さを忘れたアンフェア精神への疑問が拭いきれない。

より早く、より高くを目指した近代スポーツは、より強くが前面に出て金銭が評価の基準に置き換えられた。今では獲得賞金の額で選手の優劣が比較されることさえ珍しくない。スポーツをする動機が大金を稼ぐためなど昔は考えられなかったことだ。強い選手を作り出すために筋肉増強剤や神経薬の開発が進んだのは当然の流れだと言える。資本主義の必然と言えば味気ないが仕方なしと納得するしかないのか。最早、この社会に純粋性など求めること自体がおかしいのかも知れない。

人が本能的に持つ競争心理を煽った国民国家同士の試合でスポーツが盛り上がり今や巨大ビジネスと化した現在、FIFAIOCなどの国際組織の腐敗が露呈したこともドーピング問題と無縁ではない。

ところで近代資本主義はより遠くへ、より早くを求めて発展してきたがその限界が指摘されている。警鐘を鳴らす水野和夫や榊原英資の考えを財界やマスコミは正面から取り上げない。彼らにすれば不公平や不平等が進んでも矛盾と感じないし解決する気さえない。自らの特権的利益さえ守れればいいのだから当然なことだろう。ましてや未来への責任などは無縁だ。

資本主義と国民国家の行き詰まりが同時的に進行する中で、その解決の処方箋をグローバル化に求めることがそれを証明している。

(2016.3.17)

<田吾作の声> 原発のバカの壁  NO.121

 東日本大震災5年目の今日、各地で追悼式が行われた。東京でも行われその模様がテレビ放映された。死者への敬虔な気持ちがシンゾウの登場で台無しになるのを感じた。残された者の死者への最大の哀悼は不幸を繰り返さない点に尽きる。原発事故犠牲者にとっては殊更大きな意味を持つ。ところが原発推進は止めないというのだから唖然とする。彼にとっては無謀な戦争で無駄死にした無告の民は捨て石に過ぎないし、フクシマの死者も単なるコマに過ぎないのだろう。大津地裁から高浜原発の停止命令を受けた直後での言動だけにどう考えても正常な精神の持ち主とは思えない。
 高浜原発差し止め仮処分決定の内容を読むと裁判官自体が「反原発」という予断から裁判に臨んでいないことが読み取れる。政府や関電の主張の根拠となっている原子力規制委員会の新規制基準そのものへの疑問を具体的に論拠し、「世界最高水準」の基準と開き直る姿勢に痛撃を与えているのだ。山本裁判長は一昨年の同じ高浜原発の再稼働中止の仮処分申請に対して「規制委員会がいたずらに早急に再稼働を容認するとは考え難い。差し止めの必要性はない」と今回と真逆の判断をしている。欺瞞的な規制委員会が腹に据えかねるという心情だろう。
 ところで小泉純一郎までが原発に拘るシンゾウを批判しただけでなく、反原発を第一に掲げない野党へも苦言を呈したという。「この際野党はワンイシューで戦え」と某紙は踏み込んでいた。
 フクシマ事故の原因究明、責任不在、住民避難の不明確なども裁判官は指摘している。殊更目新しいことではないが、本来なら原発容認と思われる裁判官から出されたことに意味がある。シンゾウはいよいよ追い込まれている。
(2016.3.11)

<田吾作の声> 電力自由化で民 意を示す  NO.120

 広瀬隆の話を聞きに行った。予約を断った程の盛況で反原発への関心の深さを実感した。彼の一貫した在野での活動は体制側からは拒否反応が強いことは知っていたが、その彼にフクシマ後は大企業から講演依頼が来るようになったという。これも社会の底流が静かに変わりつつある証かも知れない。
 話の要点はネバダやウクライナの先例では事件5年後からガンが多発しており、3・11から5年経つ今年から日本では顕在化が予測できること、民意が再稼働反対なのに強行している政府と権力迎合マスコミへの痛烈な批判(それは電力行政のトップであり電力各社から多額の政治献金をせしめている甘利経産相との記者会見で、高浜原発の再稼働を許可した直後でありながら金銭疑惑追及だけに終始したことが象徴している)、九州電力川内原発の再稼働により事故が起きれば偏西風の影響で列島中が放射能汚染される危険が生じたこと、それと4月からの電力自由化に向けて積極的な取り組みの訴えであった。
 地域独占の電力各社はその販売量は企業向けが6割と多いのに、利益は販売量の少ない家庭分が7割も占めている歪な収益構造で成り立っている。これを打破するには電力自由化の際に新規参入会社への契約変更が効果を発揮する。彼個人は東京ガスに変更したという。この運動が進めば電力会社を倒産に追い込めるし、そこから原発のない将来が開けるということだろう。要は目先の再稼働反対でなく廃炉でなければならないということだ。
 久し振りに高揚した気持ちで帰宅したら、程なく高浜原発の運転禁止という仮処分命令が大津地裁で出された。飽くまで姿勢は変えない特高精神のシンゾウだが確実に廃炉に追い込まれている。
(2016.3.10)
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