「国民の生活が第一、自立と共生、政治の根本について多摩地区で議論する広場」

<田吾作の声> 死者が浮かばれない    NO.83

 自民党若手議員の勉強会での相次ぐ言論弾圧の発言が問題化している。さすがに強気な自民党も世論対策で青年局長を処分し問題の火消しに必死である。いわば民主主義の常識さえ欠く今回の若造どもの行動は、総理シンゾウの威光を呈しているのだから安倍内閣の本性を現すものだ。流行の言葉を使えば、反知性どころか知識さえ持ち合わせない低レベルの安倍チュルドレンである。こうした輩に投票した国民の責任は何よりも重いのは勿論だ。
 この場に講師として招かれた作家の百田尚樹の発言がまた酷い。反中央の世論が強い沖縄だがその原因が、沖縄二紙にあると決めつけ琉球新報と沖縄タイムズは潰さねばならないと発言したことで脳足りんの若手を煽ったのが暴論展開の流れだ(本土大新聞は容認できるらしい)。NHK経営委員として局内部から放送の右傾化を誘導してきた彼は世論の批判に耐えきれず、今春に委員を退陣したのだが発言は快調でますます時代の流れである「アベの風」の先陣をきっている。
 小生には悔やむことがある。それは彼の著作『永遠のゼロ』を読んで感動したことであり、反戦少なくとも厭戦小説と勘違いしたことの己の読み込み不足への反省である。非業の死を遂げた学徒たちの遺族を訪ね取材し小説化した彼の思いは、それなりの文章力を通して読者の涙を誘う事だけだったということになる。死肉を食らう動物にハイエナが居るが彼こそは正にハイエナ人間だと言える。
 偽りの正義の戦争で亡くなった人たちを倒錯した心理で美化する百田に聞きたいことがある。戦争が勝利に終われば良かったのか、敗北したアメリカに日本が従属化した現状をどう考えるのか。死者の霊を彷徨わせることは許せない。
(2015.6.28)
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<田吾作の声> 平和を語る資格ないオキナワを忘れた日本人     NO.82

 第二次大戦最後の組織戦と言われる沖縄での戦いが終わって70年目の昨日、現地では追悼行事が行われた。県主催の式典に総理シンゾウが参加したのには驚いたし、同時に参列したケネディ駐日大使ともども不戦の誓いを新たにしたというのだから、喜劇そのものだ。辺野古への半永久的な基地建設を図り日米一体で地球上くまなく軍隊派遣を意図する彼らに「不戦」を語る資格はない。常識から言えば、日米から攻撃された相手側は正当防衛権を持ち、沖縄が攻撃されることも正当化される。要は沖縄をこれまで以上に戦火に巻き込む確率を高めながら、不戦を説くというのだからペテン以外の何物でもない。
 こうした破廉恥な言動に対して翁長知事は、辺野古移設は昨年の選挙で県民の総意として反対を示したのだから政府は作業を中止すべきだと迫った。式典の場としては異例だがまともな日本人なら納得できる。日米両政府が式典を台無しにしただけでなく平和の願いそのものを汚したことを忘れない。
 ところでオキナワについては在日米軍基地の4分の3も沖縄が占め、それは沖縄の土地の2割にも達する膨大なものだなど小生は普通並みの知識はあると思い込んでいた。最近伊江島の3分の1を米軍が占拠していることを知りショックだった。当時東洋一の飛行場があった伊江島は沖縄戦の中で島民の半数が米軍に殺害されたことは昔聞いていたが、戦後は米軍がそのまま居座っていて本島よりも過酷な状態にあるとは。島民はベトナム戦争時、出撃する米軍に抗議したという。或る年配の小母さんが、沖縄の現状を聞こうとしない日本政府に、思わず「私が総理になりたい位です」と発言した。恥ずかしさなど構わない真実の怒りの声だ。
(2015.6.24)

<田吾作の声> 理論的に破綻したアベ安保法案     NO.81

 安保関連法案を巡る情勢が緊張してきた。その最大の要因は元来保守系とみられた層の中から批判的な意見が噴出し始めたからだ。衆院憲法審査会で与党(自公)推薦も含めた3人の参考人全員が憲法違反と明言したことは、驚きを通り越し感銘を与えるものだった。自衛隊は合憲だとの持論を持つ長谷川恭男早大の先生(無学な小生にとっては初めて聞く名前だが精一杯の尊称である)だが、その後も「今の与党議員は(彼らにとって)都合の良いことを言った時は専門家、悪い時は素人と(われわれ学者に)言う」と痛烈に批判。この法案が通れば日本を危うくすると警告している。亀井・山崎など4人のの元自民党幹部も反対を表明した。
 かって自衛隊の創設時は違憲だとの主張が強かった。そのため護憲を掲げる社会(社民)党が長らく自民党に伍して戦後日本政治の一翼を担う存在となった。当時の国会論争で、吉田総理が違憲を主張する憲法学者を「曲学阿世の徒」と罵倒し物議を醸したことは有名だ。今回の憲法論争を見ると、時代の趨勢を感じざるを得ない。現憲法と自衛隊との整合性を図るために、吉田以降の政権は政治的に腐心してきた。それは親米・軽武装・自由主義というスローガンに集約される。55年体制下で自社が激しい論戦を繰り返しても、政治が崩壊しなかったのは両者とも根底には、戦争への後悔、反戦への誓いといった思いがあり共有していたためだった。
 私的ことだが長年の社会党支持者がベルリンの壁崩壊以降は、抵抗なく旧自民党勢力と話が出来るようになり、今では小沢一郎主義者にまで変節出来たのも、共有する部分があったからに他ならない。今回の問題は正統派保守主義にとっても分水嶺となるものだ。
(2015.6.17)

<田吾作の声> 社会福祉って何だ?    NO.80

 鳥取県の養護学校で、「保護者の威圧」で看護師6人全員が退職したとの報道があった。福祉関係に携わる者として関心を抱かざるを得ない。伝えられる保護者の反論は、決められた時間にケアされないと命に関わる症状を持つ児童なのにルーズな対応のため強い調子で看護師に文句を言ったが強圧的態度をとった訳ではない、というもの。親にとれば命に関わる問題だけに怒るのは当然だろう。職員の側にも「ルーズ」になりがちな事情があることも判った。33人の看護対象者に対してたったの6人体制では物理的に困難だと誰しもが想像できる。
 この例は福祉を取り巻く環境を象徴するものだ。要は介助にあたる介護者の労働が過剰でなり手がなく、問題が起きると職員が退職しその後補充が難しく、残された介助者の負担がますます重くなるという悪循環を表しているのだ。介助有資格者は大勢いるのだが、現実が余りに酷いので(経験者は特に)福祉現場への復帰をしたがらない。敬遠される介助労働そもそもの原因が、低賃金にあることは福祉業界の常識である。日本全体で格差社会が進行していると指摘されるが、この業界では最初から低賃金から出発した。そもそもボランティア=無償が原則だったからだ。介護保険が発足しや障害者に対する法律が整備されても、介助者の待遇改善は殆ど進んでいない。
 豪華施設に住んで贅を尽くした生活をおくれる人も存在するが飽く迄例外に過ぎない。介助を必要とする人の多くは公的施設の空きを待つだけで人間らしい生活をおくることなど不可能な状態にある。生きるだけの人の介助を担う組織がNPOであり、それが社会の底辺を支えている。
 世間並みの賃金保障による人員確保が福祉の基本だ。
                (2015.6.14)

<みうらのま> 何かが次にやって来る。

 邦人殺害テロ事件について、「救出阻む誤りなし」 という、(お友達)検証委員会による、(お手盛り)政府報告書が公表された。
 邦人殺害テロ事件は、安部総理にとって「掛け」だったと思う。本件に対する国民の反応を「テロのリスクについての思考」から「テロに怯えて思考停止」に導くことに成功し、「掛け」は安部総理の勝利、日本はT字路を右折した。
 無事、交差点を曲がり終えた以上、世界は180度、いや、90度変わることになる。軌道修正に必要な操作はハンドルからブレーキに変わり、第一 次安倍内閣のような「産む機械」や「バンソコウ王子」などでポイントを貯めるゲームは終了、試合はリーグ戦からトーナメント戦に突入した。
 すなわち、TPP反対の「ブレな い」公約も、「最後のおひとりに至るまで」の約束だった「『消えた年金』問題」が「消えた『年金問題』」になっても、「戦後レジームの脱却」を唱えながら ポツダム宣言を「まだ、つまびらかに読んで」なくても、「はやく質問しろよ」、「大げさなんだよ」と国会史上に残るようなヤジを飛ばしても、個別的に現状を乗り 切ることさえできればOK、てことに変わったみたいなのね。

 現在、熱戦中の安全保障法制もまた、勢いに乗る安倍政権が11法案の複雑さを煙幕に逃げ切りかと思われたが、3人の憲法学者が国会で「違憲」と断じたのをきっかけに潮目が変わり始めた。
 トーナメント戦だから、本件をどこまでも集中的に議論することは必要不可欠だろう。(議論が成り立てば、の話だが) その一方で、樹木医の知識を持たず、森を鑑賞することしかできない、私のようなシロートは、ざっくりと考える。
 防衛庁を省に格上げ、原発再稼働、TPP爆進、国家安全保障会議、秘密保護法、(背広組と制服組を対等にする)改正防衛省設置法、武器輸出、オスプレイ、焼け太り刑事訴訟法改正案、教育改革や派遣法改正だって、国立大学への国歌斉唱の要請だって、みーんな同じ流れにしか見えない。アーミテージ・ナイリポートを持ち出すまでもなく、これまでの経緯を振り返れば、そこに戦争までのロードマップが、きっちりと描かれているじゃあーりませんか。
 しかも、この絵画の壮大さは、明らかに安倍政権や官僚の力量を越えている。
 画家の名前は問題ではない。問題は、彼らが安倍政権の凋落を指をくわえて見ているわけがない、ということ。絵を完成させるために彼らは、安倍総理よりクレイジーに、官僚より狡猾に、世論誘導に必要な「何か」を仕掛けてくるはずだ。そんなもん相手に、どんな自衛策が考えられるだろうか。

 後藤さんが殺された時の大騒ぎに対して、報告書に対する反応の静けさは異常ではないか・・・。 そうなのだ。たぶん、そうなのだ。自然災害、原発禍災、金融危機、領土問題、基地問題にTPP、自分では決して分からないけれども、私達は現在、正常な判断をできる状態にはない。考えるのがウンザリするほどの不安を抱え、小さなきっかけでもあれば、思考停止して集団的に熱狂しやすい状態にある「ハズ」なのだ。
 そう自覚しておくことが、次にやってくる「何か」に対する、せめてもの自衛策だと思ってる。

<田吾作の声> シンゾウの暴走が止まらない     NO.79

 戦後日本政治の柱である平和主義の転換を企図する安倍総理にとって「期待」の安保関連法案の国会審議が始まった。特別委員会の論議を聞いていると、ますます矛盾や疑念が深まる。他国を武力で守る集団的自衛権の行使容認の要である「存立危機事態」の説明を求めてもシンゾウは「一概に述べることは困難」として自らが総合的に判断するとした裁量権に逃げた。彼の好きな言葉である「丁寧に説明」する実態がこれである。現地の判断が重視されたため国民の願いと逆に武力行使がエスカレートして戦争につながったことは歴史が教えている。シンゾウの祖父岸信介がその時代を代表する政治家であったことは忘れない。爺様っ子で戦争好きの正体が見事に表れている。
 何故かNHKは特別委員会の中継をしないので国民には詳しく知る術がないが、新聞やテレビのニュースの断片を見ただけでも、「こんなに酷いのか」という思いを抱くことになる。質問者が意見を述べている時に「早く質問しろ」と総理がヤジを飛ばす場面には唖然とした。品格に欠けて人間的に未熟者だということがはっきりと解る。出自が明らかなだけに日本のエリートのとてつもない劣化情況を知ることになる。何故か小生はふと彼が親しい仲間たちの面々の顔が浮かんだ。籾井勝人NHK会長、米倉経団連前会長、アーミテージらジャパンハンドラーなどなど。何れも自分以外は見下すタイプで、民主主義という言葉が無縁な御仁ばかりだ。
 極め付きは世界中で軍事行動が容認されるにも拘わらず、自衛隊員のリスクは変わらないと平然と言いきる防相である。自ら自衛隊出身だけに隊員からの批判が強いようだ。部下を特攻に送った旧軍幹部と全く同じ思考に驚く。
    (2015.5.31)
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