「国民の生活が第一、自立と共生、政治の根本について多摩地区で議論する広場」

<田吾作の声> 悪い奴ほどよく眠る   NO.78

 尖閣諸島の領有権を巡っての争いが日中間の争点となり、今や両国間の関係は抜き差しならない状態に陥って久しい。最近、中国の態度が軟化したとかマスコミの報道も喧しい。ニュースを読むと習近平は70年談話を注視とあり、日本側に下駄を預けた形だ。何せ侵略自体を認めないシンゾウがどうするのか、これだけ取り上げても中国外交の勝利と認めざるを得ない。この尖閣問題の火付け役だったのが石原慎太郎だ。地域的にも都とは何の関係ない尖閣を都が所有するためと称して寄付を募ったのが最初だ。最終的に都知事の彼は火を付けた後は知らぬ顔を決め込んだ。
 その彼がモンサントの代理人として日本農業を売り渡すことに熱心な米倉前経団連会長と一緒に春の叙勲で旭日大勲章を受けた。「お国のために力を発揮し精進します」と受勲者代表で挨拶したとの記事には笑った。最も国を売る者が使う言葉かと思いブラックユーモアと受け取った。反権力という視点の無い彼は勲章が欲しいだけのただの俗物だったということか。
 ところで、彼が知事時代に都職員への弾圧を加えたことは有名だったが、その中に都立高校教師への君が代処分がある。昨日、君が代斉唱時に起立しなかったとして定年後の再雇用をしなかったことは違法だとして賠償を求める訴訟に、東京地裁は全面的に元教師側の主張を認め都に賠償を命令した。当事者は教育委員会だがそれに指図したのは石原でありその石原は呑気に叙勲し栄誉に浴しているのだから胸糞悪い。
 火付け盗賊改め役とは長谷川平蔵が演じる江戸の治安の総元締めだが、時代を遡れば石原もその役だとも言える。そのような任にある者が生涯に渡り放火しまくって御用にならないのだから末世だ。
  (2015.5.26)
 
スポンサーサイト

<みうらのま> 総理のお言葉

たとえば、こんなふうに言われたら、どーでしょう。
「すーごくムカついて、どーしても許せないほど、とーても悪い奴なら、
なーるべく痛くないやり方で、殺害しましょう。
それにより、殺人罪に問われるようなことは、絶対にないので、安心してください。
悪い奴は殺されるべきだったのです。」

 安倍総理の言葉を聞いていると、形容詞が気になる。
 べつに省いても大意に影響が無いもんなので、目くじら立てるほどのことではないのだけれど、昨年、閣議決定された新三要件から、どーにも気になって仕方がない。
 「権利が根底から覆される明白な危険があること」
 「根底から」とか「明白な」とか、要らなくね?
 武力を行使するようなシビアな事態に直面した際の決まり事にしちゃ、「解釈の幅」が大きすぎやしないか。「閣議決定」という固いイメージに文章が馴染んでない、という違和感アリ。

 同じく、重箱の隅っぽくて恐縮なんだけど、「解釈の幅」という意味では、抽象的な表現が多いことも気にかかる。
 「密接な関係にある他国」「我が国の存立が脅かされ」「根底から覆される」「必要最小限度の実力行使」など。抽象的な言葉は演繹されて実用されるわけだが、緊急事態を想像した時、これまた「何も言ってない」に等しい言葉達ではなかろーか。

 「何も言ってない」という意味では、安倍総理の断定的な口調も気にかかる。
 「同盟国である米国の戦争に巻き込まれることは『絶対にありえない』」、「戦争法案などといった無責任なレッテル貼りは『まったくの誤り』であります」、「憲法違反では『無い』」、「集団的自衛権で日本の抑止力が『高まった』」、「その不安をお持ちの方に、ここで、はっきりと申し上げます。そのようなことは『絶対にありません』」など。
 前にも後ろにも、断定を補強する論理的解説があるわけではなく、「キリッ」とした安倍総理の表情の前で、私の漠然とした疑問が置き去りにされていく。
 この断定(キリッ)は、事実なのか、意見なのか、願望なのか、あるいはそれらが「ゴチャマゼになったもの」なのか。

 そうかも、「ゴチャマゼになったもの」なのかもしれない。
 2006年、 吉井英勝議員の原発事故防止関連の国会質問に安倍総理は「そうならないよう『万全の態勢を整えている』」と断定(キリッ)した。5年後、福島原発は吉井議員が指摘した通りの全電源喪失による過酷事故に至るわけだが、とりたてて撤回もされない2006年の「断定」(キリッ)は、やはり、事実や意見や願望がゴチャマゼになっていて、「いや、あれはまあ、こーだったらいーなあ、という願望を述べたまで、ですから」というふうに片付けられたとしか、理解しようがない。

 2012年の衆議院選挙、「ウソつかない。TPP断固反対。ブレない。 日本を耕す自民党」を掲げ、与党に返り咲いた安倍総理は、最近になってTPPについて「日米の合意は近いと思うが、さらに進むことを『期待している』」「両国にとって極めて有益であるという認識を『一致させたい』」「日米両国のリーダーシップでこのTPP交渉を『成立させたい』」と述べている。
 これを「ウソつき」で片付けてしまっては、ここまで論じてきた甲斐がない。
 「ウソつかない。TPP断固反対。ブレない。」 これを安部総理は、事実や意見や願望をゴチャマゼにして断定(キリッ)していたのではないか、と推測してみたい。

 ウソは事実ではなかった時に「ウソ」になる。これに対して、意見は間違う時もあれば、願望は叶わぬ時もある。間違えたって意見は「意見」だし、叶わなくたって願望は「願望」だ。どこに過失があるというのか。
 同様に、意に反して原発が爆発してしまうこともあれば、TPP締結が必要になることもある。だからといって、ウソをついたわけではない。ウソをついたことなどない。一貫してる。だからこそ、これまでも、そしてこれからも、断定(キリッ)ができるのだ。

 といったロジックはこれを読む人には理解されないかもしれない。しかし、安部総理が国民に望んでいるのは「理解」ではなく「共感」だとすれば、上記ロジックに瑕疵があることは、さしたる問題ではない。(キリッ)

 戦争だろうと竜巻だろうと、巻き込まれるか否かの全裁量が自分にあるわけではない。レッテルが誤りか否かは不当性の主張を見聞きした人、それぞれが判断する。憲法違反か否かは、最高裁判所が決める。集団的自衛権で日本の抑止力が高まったか否かは、抑止される国にしか分からない。不安な人が「絶対ありません」と言われて安心するとは限らない。(余計に不安になる人の方が多いのでわ)
 そんな小市民的正論が消し飛んでしまうほど、安部総理の断定(キリッ)には威力がある。事実や意見や願望がゴチャマゼになって「現実」を作り出す様は、旧約聖書 創世記 第1章 、天地創造のように壮観だ。
 「神は言われた。『光あれ。』 こうして、光があった。」てやつ。
 やがて、従軍慰安婦も、TPP反対の公約も、「事実」ではなくなるのだろう。GDPで中国に抜かれたことも、日米地位協定も、敵国条項も、原発事故も、太平洋戦争の敗戦も、「現実」ではなくなる日がくるのかもしれない。
 なぜなら、安倍総理がそれを望むのだから。

 一部の国民の痛みは「事実」誤認であり、行政は「現実」に沿って粛々と執り行われなくてはならない。
 「外国によって押し付けられ」、「70年間変更されず」、「現実に合わなくなってきた」日本国憲法の方が、安保法制懇の報告書より、論理として明快で、理念として実用的、何より文章として美しく感じられるのは、私が安部総理と「現実」を共有していないからであり、彼とは別の「現実」を生きているから、なのだろーよ。




参考:
新三要件
・我が国に対する武力攻撃が発生したこと、又は我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険があること
・これを排除し、我が国の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がないこと
・必要最小限度の実力行使にとどまるべきこと


<田吾作の声> 対照的な二国の戦後  NO.77

 第二次大戦終結後から70周年、各国で記念式典が行われている。ロシアの対独戦勝記念日にはウクライナ問題の影響で西側先進諸国がボイコットし、最近の緊迫した国際情勢を物語るものとなった。注目すべきはドイツのメルケル首相で翌日モスクワを訪問、単独でソ連軍兵士を祀る無名戦士の墓に詣でたことだ。ドイツの加害責任を明確にすると同時にアメリカとも一線を画す外交姿勢を世界に示した。
 これは同じ敗戦国でありながら日本と正反対の姿勢であり鮮やかな対比を描いている。ドイツはナチス時代を誤りだったと全面否定しているのに、シンゾウに代表される復古主義者は欧米によって戦争に追い込まれたのだと肯定している。しかもシンゾウの祖父岸信介は一級戦犯でありながら、敵国アメリカに命乞いし延命した挙句、以降は忠実にアメリカの忠犬ぶりを発揮してきたことで知られている。
 反省なき日本は中国に負けたと堂々と認めないから明確な謝罪をしようとしない。曖昧ゆえに中韓から事ある度に謝罪を求められ、シンゾウ一派は「いつまで謝罪すればすむのだ」と開き直り、それが更に問題化する。ドイツの爽やかな姿勢とは雲泥の差だ。
 昨年、来日し話題になったアメリカの映画監督オリバー・ストーンが『もうひとつのアメリカ史』で、第二次大戦終結の最大の貢献者はソ連(ロシア)だと強調し、トルーマンらアメリカの政治家はアメリカ軍が対独戦勝利の中心であったかのように振る舞ってきたと歴史の捏造を批判していた。
 確かにドイツもイスラエルへの過剰な遠慮といった批判さるべき点はあるが、概ね自立した政治を貫いている。「アメリカの属国日本」(国際機関では常識)は隣国から嫌われ疎んじられている。
(2015.5.11)

<田吾作の声> 暗黒の日米新時代           NO.76

 安倍総理の訪米は彼と彼の取り巻きにとっては大成功と言えるだろう。だが日本国民にとっては後世振り返ると破滅への分岐点だったと思う時期が来ると思う。
 首脳会談の前に確認した新ガイドラインは、適用範囲を日本周辺から世界中に広げ無制限とし、平時から切れ目のない共同行動を行って、米国または第三国への攻撃に対処する集団的自衛権を行使するとしている。しかもまだ国会で提出されてもいない安保法制法案を秋には成立させるとその後の連邦議会の演説の中で公約している。
 注目された歴史認識問題では形だけの反省にとどめ誤魔化し、歯の浮くようなアメリカ礼賛で忠犬ポチぶりを発揮、連邦議員を喜ばせた。第二次大戦のアメリカの戦果とも言えるサンフランシスコ条約の精神を逆なでするシンゾウにアメリカが反発しないのは、国力が低下し世界の憲兵としての役割を果たせなくなっているのに、減らす戦力分(軍隊や戦費)を日本が肩代わりすると宣言したからである。また米国内で根強いTPP反対の声を意識して日米安保にとってTPPは防衛と同じ意義を持つと強調し議会へ成立を促し、オバマにとって力強い援軍となった。要はシンゾウの作戦勝ちであり、「積極的平和主義」に自信を抱いたことは間違いない。
 中身だけでなく経過上からも日本国憲法の上に日米安保があり、国会の上に連邦議会があるということが明確化され、日本が完全にアメリカの支配下にあることを認識させられた。シンゾウはアメリカの代理人であり総理というポストは植民地総督といっても間違いではない。戦後の日本政治の後ろにはアメリカがあると再三指摘されたが、今や公然と真打登場となりシンゾウは卑近な露払い役を果たした。
(2015.5.6)
プロフィール

日本一新の会 (多摩出張所)

Author:日本一新の会 (多摩出張所)
<特別寄稿を募集致します>
当出張所では、森友問題について
「自身でブログを開設するほどではないけれど、ぜひ物申したい!」というあなた様の原稿を
tama.nipponissin@gmail.com にてお待ちしています。報酬はございませんが、必ず(明白な悪意や公序良俗に反する場合を除き)掲載させて頂きます。
よろしくお願い致します。

田吾作、みうら、anndue

最新記事
月別アーカイブ
カテゴリ
RSSリンクの表示
検索フォーム
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR