「国民の生活が第一、自立と共生、政治の根本について多摩地区で議論する広場」

<田吾作の声> 膨らむ一郎太郎のコラボ   NO、56


 年の瀬も押し迫った中で、友人から相次いで小沢一郎の生活の党が無所属の山本太郎と新しい政党を結成したという知らせがあった。これまでの選挙で森ゆう子陣営の支援に山本太郎が出かけていたことを知っている者としては何も違和感はないし、老青コンビのコラボレーション効果が期待できると歓迎だ。ネットの反応は知る限りでは批判的な意見が少なくない。それを読み感じたことは、作られた悪玉小沢一郎への批判が根強いことだ。マスメディアの影響が如何に大きかったかを物語るものだが、それにしてもネットを得意とする若者が素直にマスゴミに洗脳されているのには残念としか言いようがない。きちんと事実を追っていけば、小沢事件は大がかりな権力による謀略であり民主党内でも攻撃に呼応した勢力がいたことで小沢一郎が政治的に抹殺される寸前まで追い込まれたことが判る筈だ。
 山本太郎は国会議事堂という議員の働く場で活動する中で今回の結論を出したことだろうから、正しい政治的な真贋の眼を持っていると評価したい。少なくとも前々回の総選挙で未来の党として闘った代表の嘉田女史(当時滋賀県知事)が「小沢さんがこんなに評判が悪いとは思わなかった」などと失礼千万な物言いで小沢一郎を罵倒し敗戦の責任を押し付けるようなレベルではないと確信したい。
 今回のような組み合わせは今後の政治的展望を大きく広げる契機になるのではとの期待も膨らむ。そういえば参議院選の比例区で立候補した三宅洋平が、広島選挙区の佐藤公治と共同で政治談議を行い県民にアピールし互いにエールを交換したことを思い出した。自民党に近い野党議員が少なくない中で、今後の生活の党の指導的な役割を注目したい。
(2014.12.28)
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<田吾作の声> 平成の世間知らず・ユウコ   NO.55

 小渕優子、「平成」の元号を掲げた恵三の娘でありその地盤を受けて代議士になった典型的な二世議員である。つまり庶民の労働の汗を知らず、自らの信条や主張も特にない政治を家業とする彼女だが、ベビー用品購入など育児費用まで政治資金を使うなど常識さえ欠けた政治屋に過ぎなかった。親の七光りで大臣に就いたのだから日本政治の劣化の象徴的存在でもある。
 大臣辞任時には納得のいく説明が出来るようにしたいという殊勝な弁解をしていたが、10月の検察の捜索前にパソコンにある資金問題の関係資料がディスク破壊されていたことが報道された。検察と言えば政治資金の記載が期ずれであったことを理由に、小沢一郎を長期にわたって罪人扱いにし総理就任を阻んだという「悪の陰謀集団」である。そのことで小沢一郎の政治生命は大きく毀損された。小渕の場合はそもそも記載しない資金が5千万とも1億円超とも言われており期ずれどころではない。明確な政治資金規制法違反でありながら選挙戦出馬を見逃しているのだから出鱈目だ。しかも、選挙前にこうした証拠隠滅行為があったことを明らかにしなかった(つまり、隠蔽していた)のだから、検察の正義などとんだお笑い草だ。
 思い起こせばこうした例は大小の違いはあっても無数にある。しかし事件になるか、見逃されるか、はたまた白を黒とすることまで検察の胸一つにかかっているのだから、この国が検察国家でもあることを改めて再認識させた。こうした本質を国民が理解できないことが繰り返す権力犯罪の温床にもなっていることを見逃してはならない。小渕を疑惑まみれでも大量得票で当選させた群馬県民は共犯者である。かくて政治家の劣勢遺伝が続く、更に。
(2014.12.21)

<田吾作の声> 蒔いた種は刈らねばならぬ   NO.54

 投票率52.66%、自公政権の圧勝、これが第47回総選挙の結果だった。シンゾウはアベノミクスの賛否を問う選挙だとし、重要な集団的自衛権、TPP、(2017年4月からの)消費増税完全実施などの課題を回避した。本格的に自衛隊が海外派兵を余儀なくされる、平和への活動を弾圧する(秘密保護法)、日本の国柄が全てアメリカ式に変えられる、大企業と投資家だけが肥え太り国民の生活がますます追い込まれセイフティーネットが失われる、との国民の想像力を削ぐ作戦はマスゴミの協力もあり功を奏した。
 程度の差はあれこうした傾向は予測できたことだが、小生には今選挙で印象に残ったことが2つある。一つは小沢一郎が主張していた全野党の結集が、唯一実現した沖縄の小選挙区で野党が完勝したことだ。その中に玉城デニーがいる。二つ目は彼自身が権力の攻撃を集中的に受けながら勝ち残ったことである。今回の選挙は生き残るための最良の選択をせよとする彼の指示に他党で闘い勝ち取った同志が7人いる。不利を承知で「生活」の旗で殉じた仲間と共に今後の政治戦への核が守れたことの意義は大きい。
 ワンフレーズとなったアベノミクスだが自公の演説を聞くと、効果がない層には少し時間を下さい、もっと効果を上げるためには更なる財政出動や成長戦略が必要だと規制緩和を訴えている。新自由主義の徹底で一層の格差や貧困を招く道を国民自らが選んだことのツケは大きい。しかもタイミング良くと言うべきか12月の日銀短観が投票日明けに発表され景況感2期ぶり悪化との報道。唯一アベノミクス効果に浴している大企業に陰りが出ているのだから国民への痛烈な皮肉だ。
 フリーハンドを握ったシンゾウの独走が始まるゾ。
(2014.12.16)

<田吾作の声> ヌエ学者には存在理由がある  NO.53

 軍部批判で有名な斎藤隆夫の生き方を学者が評論するというテレビがあり、好戦的シンゾウ政治が展開されている時節柄大いに関心を抱き観た。斎藤は帝国議会で226事件での軍部の横暴を批判した演説を行って多くの庶民の支持を得ていた。しかし軍部の暴走はやまず日中戦争は際限なく広がる中で国民の批判の不安の声が高まった。悩んだ斎藤だが決意し登壇した。
 これが後に反軍演説と呼ばれるもので、聖戦の美名の下にすすめている大義名分のない戦争は止めるべきだと、日中戦争の早期終結を訴えた。ヤジと怒号の中で終わった演説だが、直後に除名され議席を失うことになる。決議に反対したのは僅か7名で、賛成派を中心に大政翼賛会が結成され、翌年真珠湾攻撃が起き日本は破滅の道を突き進む。
 この時の斎藤の演説をどう判断するかという論議で3人の学者は、よくやった、日本人として救われたなどと肯定的な意見を出した。だが残った一人は、軍部の面子を立てながら官僚やマスコミなど工作し戦争を止めさせる方法を考えつかなかったのかと言う。当時の情勢を全く無視した無責任な発言に呆れた。その自称哲学者の名は菅野某という各種マスゴミにも出てくる手合いである。
 この男のいい加減さは311直後に行われた或る大学主催のフクシマ後を考える公開講演会で知っていた。売り出し中の若手学者ということで期待して臨んだものの、彼の話は原発がなくても経済は大丈夫という低レベルの話で聞くに堪えないものだった。デカルト以来の西欧型合理主義の本質的な誤りが事故で証明されたなどという哲学的な思考は無い。
 問題に正面から対峙せず曖昧な綺麗事で本質を歪曲するこの手の評論家には注意が必要だ。

(2014.12.14)

<田吾作の声> 団地の片隅で  NO.52

 体を悪くしてから外出が少なくなった友人を訪ねた。話を始めると直ぐに彼が精神的に病んでいることを感じた。長年にわたり気功を熱心に取り組んできた彼は小生の師匠にあたるだけにその余りの憔悴ぶりに驚きを禁じ得なかった。気功を真面目に追究したのに体を悪くしたことがショックで自信を失うことにつながったという。それだけ気功へかけた彼の思いが強かったことが改めて確認できたものの、信じるものが万能だと思うことに純粋さと同時に危うさを感じた。
 彼は長年にわたって寝たきりの父親の介護を一人で引き受けてきた熱い男で、その父も昨年亡くなり自由に自分の人生を歩み出した直後の目の病だっただけに心が折れるきっかけとなったことは想像がつく。夕方6時には床に就くという日常からは前向きの姿勢は見えない。
 話は生命論から人生論に及び初老の二人には似合わない青臭い領域に入り込んだ。彼の不安の隠せない部分には経済問題もある。国民年金の余りの少額給付が、このことを予測して準備してきた筈の貯えをインフレで目減りするため補えないとの恐怖となって心に跳ね返っている。思考の悪循環を断てと一概に斬り捨てる訳には忍びない。
 最後は政治の話に移ったが、以前と違って「政治に期待しても何も変わらない」という悲観的な言葉が返ってきた。話の流れからして最初から「勿論小沢さんに入れるよ」という返事は期待していなかったが、このまま選挙を放棄すると自公が圧勝しやりたい放題の政治を行っていいのかの問いにはさすがに賛意を示さなかった。
 社会には独居老人、引きこもり、鬱病と孤独に苛まれながら明日への展望を拓けない人が多いことを実感した。その背景には貧困な政治がある。
(2014.12.10)

<みうらのま>  大義なき戦い

やっぱり、書こうとおもいます。
 衆院選について書こうとおもいます。
 どうにも黙っていられないから、なのだけれど、何か書いた所で大勢に影響あるでなし。かといって、「それなら、いっそ黙っていよう」とクールになれるほど、自分は合理的人間ではなく、どうにも居心地が悪くて仕方がないから、やっぱり、投票一週間前の現在、おもう所を書いておこう、とおもいます。


景気条項削除について
 「消費増税先送り」はエア・抵抗勢力と果敢に闘う、小泉式パフォーマンスなので、論じるに値しない。しかし、景気弾力条項の削除には我が耳を疑った。
 空気と気分が議論と思考を代替する反知性主義時代。語尾に「キリッ」を付ければ万事OKなのか、と嘆き、「神よ、彼を許したまえ。彼は自分が何をしているのかがわからないのです」と祈った。(うそ)

 晋三はドヤ顔で「二年半以内に必ず景気を回復させます(キリッ)」と気張っているが「確実に景気を回復させる」なんていうのは神の裁量。総理の権限で断行できる郵政改革や増税とは、性質が異なる。景気まで確実にアンダーコントロールだなんて、ケインジアンもびっくり。それがいったい、どんな魔法なのかと思ったら、いつか見たよな「地域商品券」。膝カックンとズッコケた。そうかソウカの総花的バラマキが魔法の杖だったのか、って、オイ、それが1000兆の借金作っちゃって、消費税アップを迫られてるんぢゃなかったの?賭け麻雀で逮捕された時、「もう二度とギャンブルはしません。賭けてもいいです」て言ったという、蛭子能収さんを思い出した。

 思えば、解釈改憲の時にも「戦争にはなりません」て断言しちゃうのを見て、戦争なんて儘ならぬ相手あってのことだろーに、と不思議な感じがした。晋三は、予見できない未来の不確実性を、願望や努力や信念や「キリッ」で穴埋めできる、と思ってるんじゃないかしらん。個人が生きる指針としてならともかく、日本丸の船長が精神主義の歪んだ現実認識で舵を握れば、国を危うくしかねない。

 晋三の歪んだ現実認識は地域商品券という、その発想自体に現れている。原発、TPP、秘密保護法、集団的自衛権、等などの重大問題は、超短期的アメ玉政策である地域商品券によって、まるで解決に結びつかないだけでなく、有権者の怒りを逆なでさえする。「茹でガエルが『氷を入れてやろうか?』という有難い申し出を、断るわけなかろう」と高を括ってるのが察せられるからだ。
 それでも「子や孫のために、氷じゃない、火を止めて欲しいんだ!」と叫ぶ国民は少数なのかもしれない。多くの茹でガエルは、氷ではなく、お盆に乗ってきた冷酒くらいの感覚で、この地域商品券を受け入れるのだろうか。



GPIFについて
 朝日新聞に小黒一正准教授という人が「財政再建には三つの手法しかありません。増税、歳出削減、経済成長。経済成長に頼る財政再建はギャンブルですし、それだけではとてもまかなえない」と語っていた。「今日が大丈夫だから、明日も大丈夫なわけではない。残された時間は長くありません」と、結んでいる。
 ほんじゃ、そこに年金半分、突込んじゃうGPIFてのはどーなるのでしょうか。そりゃ、虎の子の年金、半分でも莫大な金額だもの、それをぶちこめば、株式市場だって賑わうでしょう。
 自分の子供のお年玉を取り上げて「倍にして返してやる」なんていう親が昔はいたけど、ホントに倍になる可能性も、半分になっちゃう可能性もある以上、それが正しいかどうかなんていう議論は予想屋にでも任せるよりほかない。しかもその予想屋がグリーンピアの年福事業団と聞いて脱力した。
 私は賭博はやらないが、平和島競艇や川崎競輪に通う人達に囲まれて育ったので知っている。追い込まれれば、追い込まれるほど、配当の高い方、つまりは大穴狙いにハマっていく人は勝負に向いてない。彼らが最後まで希望を捨てないのは、立ち止まって現状を直視する勇気に欠けるからであって、運や度胸はもちろん、まともな計算があるからではない。

 しかし、そんなギャンブルの是非を論じる前に、多くの国民は「いつの間に、日本はそこまで、追い詰められちゃってたの?(泣)」という素朴な疑問を抱いていたのではないか。「今さら恥ずかしくて聞けない」という空気が醸成されてはいるけれど、「でもまだ、GDPは世界第3位じゃないの?(泣)この間まで『ジャパン・アズ・ナンバーワン』なんて言ってたんじゃないの?(泣)」と思っている人は、意外と多いのではないか。


陰謀論者としての晋三について
 テレビで見る晋三の様子がヘンだった。自分が話すときは平常なのが、人の話を聞くときの目の動きが異常に、せわしない。それが私にはまるで、幻想に怯えているように見える。
 晋三がTBSに出演して、「街の声」の公正さに難癖をつけた翌週、自民党が在京キー局に送りつけた「公平中立」の要望書。内容の是非はともかく、その行為は、彼らが在京キー局の報道を「公正中立」とは考えていないことを証明した。

 陰謀論者は、一般的に何かに怯え、被害者意識をもっている。この病状が悪化すると、思考力が低下し、短絡的に敵と味方を峻別、些細な刺激に対しても攻撃的になる傾向がある。これは、晋三の報道各社に対する態度であると同時に、彼を支持するネトウヨに共通する性向だ。

 原発の安全神話にも、検察のリークによる「風」にも、自分で創作し吹聴した虚構がマスコミや有識者会議により増幅され一周巡り、強風となって自分の背中を激しく押すようになると、やがてその風圧を根拠に(自ら創作した虚実が)事実であるだと思い込む、という倒錯がみられた。
 これと同じ構造が、現在の晋三を蝕んでいるのではないだろうか。保守速報が報じた瑣末な大学生のウソをフェイスブックでシェアする、という行動に、そんな疑念を持った。

 当たり前のことではあるのだが、人は自分と同じタイムラインを読んでいるわけでは無いし、特定のコミュニティに集まる人達は「特定」の人達だ。しかし、これがネットのリテラシーとして何度でも繰り返されるには理由があり、それは人がどうしでもそこへ陥りがちだから、なのだろう。晋三もまた、彼を取り囲む小さな世界を一般国民の意見であると思い込んでいるのではないだろうか。
 以前、晋三は渋谷の街頭演説で、一般人のTPP反対デモを「左翼」と呼んだ。「デモ=左翼」という短絡も、それを公に発してしまう軽挙も、そう考えると納得できるのではないか。
 ネトウヨや麻生元総理に限らず、この錯覚に陥る人は多い。ヘイトスピーチにさえ寛容な言論の自由を誇る晋三のフェイスブックのコメント欄に、反対意見を書き込むと消去のうえブロックされ、その数は千を越えている、というニュースを見て、私の疑念は確信に変わりつつある。この一件で私は、晋三がネトウヨの支持を得ているだけではなく、彼はネトウヨそのものなのだ、という理解に達した。彼の脳内でフェイスブックは意外と大きなウェイトを占め、そこでは1億人の国民が彼を熱狂的に支持しているのかもしれない。


平成の堕落論
 2009年の民主党政権誕生前も、「いざなみ景気」に狂喜する経済界と並行して、派遣法の影響などで格差拡大が叫ばれる、現在と似た状況にあった。ここで自民党に決定的な逆風を巻き起したのはアキバの事件であった、と私は記憶している。
 いっぽう、安倍政権の秘密保護法に抗議して一人、解釈改憲に抗議して一人、合計二人が焼身自殺をしても、命を賭けて安倍政権に反対した国民的俳優、菅原文太氏が亡くなっても世間は無風だった。
 なにが両者を分けるのか、はここでは踏み込まない。ここで書き留めておきたいのは、私の周囲に広がる「建設的デカダンス」、あるいは「自虐的希望」とでも呼ぶべき、この無気味な無風状態に対する内面的葛藤について、だ。
 彼らは脱原発、反解釈改憲、反TPPのために、たいへんな時間と労力を政治的活動に捧げてきた。今も寒風吹きすさぶ中、駅前に立ったり、ポスターを貼っていると思うと、心底、頭が下がる。 そんな彼らの複数の口から、意外な諦念が漏れるのを聞いた。
 「今度の選挙で自民党が下野することはないかもしれない。しかし、日本の国民は、もう四年間、たっぷり辛酸を嘗めることで、何が問題であるのかを、イヤでも知ることになるだろう」

 前回選挙の公約を破りまくった晋三の口が「もうすぐ、もうすぐ」と繰り返す、そば屋の出前みたいな自民党の圧勝が予想されている。
 仮に、これから投票日までに、アキバの事件のような、野党への突発的追い風が発生し、目出度く連立政権に相成ったとしても、またぞろ、検察庁と国税局がマスコミを使ってスキャンダルの風を吹かせるだけのこと。そんなことを繰り返すよりは、私たち国民全体が自公政権への抵抗を通して、メディア・リテラシーを身につけ、風に踊らされぬ思考力を養い、自由に語り思いを共有できる場を作り出せるよう、じっくりと時間をかけて成熟するべき、という彼らの考えに私は共感する。とっても共感する、のだが・・・

 あの神経病みに、あと四年も総理大臣でいられたら、日本はもう戦争への、あるいは奴隷国家への、後戻りできない一方通行の袋小路へと入り込んでしまうのではないか、という不安を拭うことが、できない。



<田吾作の声> オバマは何者? NO.51

 アメリカで黒人虐殺が続いている。過剰な警官の取り締まりが銃殺や絞殺を引き起こしているが、裁判までが腐敗していて殺人警察官が無罪というのだから出鱈目である。こうした野蛮行為が世界一の超大国アメリカでの出来事だから唖然とし呆れる。1%の金持ちが99%の富を支配するという世界一の差別国家の面目躍如といったところか。
 リンカーンが奴隷解放を宣言してから150年、キング牧師の闘いで実現した公民権獲得から50年も経つのにこの有様だから、この国が先進国だとは思えない。世界中に民主主義を拡げてきたなどとアメリカ外交を評価する向きがあるが、現実はアメリカの仕組みを押し付けるだけのならず者国家に他ならない。世界中に軍隊を駐留させ自由と民主主義を守るという「世界の警察官」が民衆弾圧を繰り返すさまは、国内での黒人虐殺とオーバーラップしてみれば理解できる。
 要はアメリカに民主主義を説く資格はないということだ。学校内で銃乱射事件が頻発しても銃規制の動きは広がらない。銃保持を権利と主張する全米ライフル協会は最強の政治団体だという。西部劇時代と精神構造は全く変わらず、虫けらのごとくインディアンを滅亡同然に追い込んだ心理が今は黒人に銃口を向けていると考えればこれまた判りやすい。
 この国に黒人出身のオバマ大統領が誕生した時には、アメリカの暴力支配を嫌悪する世界中の人々は「アメリカが変わる」と期待した。何も変わらなかったどころか酷くなった実態を見て、実はオバマは黒い皮をはおった白人だったとの皮肉な声もある。今となれば彼の本質を狂信的差別主義者の白人は見抜いていたのだろう。彼の選挙スローガンがチェンジだったのは今となれば皮肉だ。

(2014.12.7)

<田吾作の声> 自壊する農協組織  NO.50

 選挙は人の日頃の本心を映し出す機会でもある。それは法人である組織にとっても同様だ。現役時代からの友人からメールが送られてきた。彼の農協の県組織では自民党を推薦したらしく、それに対する怒りと嘆きのつぶやきだった。安倍政権下で農協解体の攻撃を受け公約違反のTPP推進をする自民党を支持する根拠はないという正論である。残念ながら農協の破廉恥とも言うべきこうした姿勢は今に始まったことではない。彼らの本心はひたすら権力にひれ伏し組織そのものを継続することにあるから、農業がどうなろうと地域がどうなろうと建前に過ぎず、彼らの主張をまともに聞いたら後で頭の整理がつかなくなる。
 似たような存在としては公明党がある。ひたすら信者の平和や生活の安定を願う心を踏みにじりながら、自民党権力への忠誠を続けるのだから不思議である。権力の一翼を担い蜜の味を知った学会幹部は見事に堕落し地獄落ちに値する。それでも福祉などで自民党に若干の修正を促し譲歩が出来るのは、目減りする一方であっても一定のまとまった組織票があるからだ。ところが農協ときたら彼らが推しても票が集まらない、つまり農民票はとっくに逃げているのだ。農村代表の候補者が見つからないことを利用し、出世欲旺盛な全中専務自らが自民党議員となったものの集めた票が40万票と職員や家族票程度で組合員の数には遠く及ばなかった。その自民党から解体攻撃を受けるのだから喜劇にもならない。
 力を失ったものを権力は相手にしない。ところが骨の髄まで堕落した農協組織はそれでも権力について行く。馬鹿にされながらも足にひざまずき口づけさえ厭わない正にSMの世界だ。全国ネットとしての農協の終焉だ。
(2014.12.5)

<田吾作の声> 小沢潰しの最終戦 NO.49

<田吾作の声>NO.49
 総選挙が始まった。樋高剛の支援で選挙区に入りポスティングをしながら出来るだけ声をかけるように努めた。川崎住民の反応は良く意を強くした。大まかには現在の安倍政治にはおかしいとの不満が強いこと、投票する党(候補)がなくて困惑していることに尽きる。中には「小選挙区は協力するから比例区には公明党ということでバーターしない?」などと頓珍漢な反応もあったが、選挙権者は常識的だった。
 問題はシンゾウ側の野党協力を妨害する様々な仕掛けを跳ね返すことが出来るかだ。小沢一郎政権の樹立を検察の謀略で阻止し民主党政権を崩壊させた彼らは、野に下った小沢一郎の野党結集の動きを徹底して妨害してきた。今回の総選挙時での野党再編一本化を潰したのは権力の意を呈した反小沢勢力であったことを、彼が週刊誌で吐露している。要は、反自民の結集は必要だが小沢一郎排除が前提だということに尽きる。それに対する小沢一郎の態度は「俺は一人でいい。野党結集で日本を再生せよ」だ。捨て身の境地に至った彼の心境を慮ると魂がふるえる。日本は崖っぷちに追い込まれている、それを救うためにはわが身を投げ出してもいいという穢れなき志に対して。
 小沢側近の樋高が立つ選挙区には現職の自民以外に、元横浜市長で大赤字のイベント失敗に市制の場から逃亡した中田宏、維新の新人、相変わらずの自民党補完の役割を担った共産新人が立つ超激戦区である。こうした状況に小沢一郎の影響力の完全排除を狙う意図が透けて見える。維新候補は自ら演説で20日前までサラリーマンでしたと明かしていて、自ら反自民票の分散を狙うことを隠していない。
 権力が最も恐れる小沢一郎の志を頓挫させては国民の恥だ。
(2014.12.4)
プロフィール

日本一新の会 (多摩出張所)

Author:日本一新の会 (多摩出張所)
<特別寄稿を募集致します>
当出張所では、安保法案成立に伴い「平時はブログを開設するほどではないけれど、今回だけは黙っていられない」というあなた様の原稿を
tama.nipponissin@gmail.com にてお待ちしています。報酬はございませんが、必ず(明白な悪意や公序良俗に反する場合を除き)掲載させて頂きます。よろしくお願いします。

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