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                        「国民の生活が第一、自立と共生、政治の根本について多摩地区で議論する広場」

<田吾作の声>  差別合法国家  NO.238

 障害者と健常者の共生社会を目指し障害者雇用促進法が成立したのは1960年で、障害者は「職業生活において能力を発揮する機会を与えられ」「有為な職業人として自立するように努めなければならない」と基本理念は説く。
 だが障害者雇用は遅々として進まず、障害者雇用率が法定で決められていても現実は大きく下回る。民間を指導する立場の国の機関が制度発足以来ずっと水増ししていたことが判明した。だのに一方で雇用率に達しない民間からは罰則として納付金を取っていたというから驚きだ。
 何故こうした不正が起きるか、理由は簡単だ。法律の趣旨を蔑ろにし消極的に考え運用するからだと思う。つまり仏作って魂入れずだからだ。つまり建前と本音の使い分けであり、こうした輩にかかれば全ての問題は換骨奪胎され外から見れば立派な日本国と写る。
 民主主義、戦争放棄、男女平等、基本的人権、思想の自由など例を挙げれば尽きないが、内実は中身のない伽藍堂である。例えば自由な日本に憧れ亡命してきた中東の難民が受け入れを拒否されている事実は世界で先進国のやることかと笑いものになっている。恥ずかしい話だが当事者である日本国民は様々な差別下にありながら多数は差別されているという自覚がない。
 最近問題となったLGBTに対する自民党の若い女の議員の「LGBTは子供を作らないから生産性がない」ので国費を使うのはおかしいとの発言に批判が起きた。ところが同じ自民党の若い男の議員が「同性愛は趣味みたいなもの」と擁護した。自民幹部は「人それぞれの人生観があるさ」と野放し。要は容認した訳で、差別を助長する政党であることを宣言したに等しい。
 このような自公政権が国を歪にしている。
(2018.8.18)
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<みうらのま> ポスト二大政党制

 折りに触れ指摘しているけれど、一度、主題として書いておくことにする。

必敗の構図
 世論調査で反対が多数の法案を次々に強行採決させ、モリカケも納得を得られないまま、災害時には赤坂自民亭、暴力団を使った選挙妨害まで明らかになりながら、総裁選は盤石、支持率も40%前後を保ち続けている安倍政権。
 これを嘆いたり不思議がるのは、終わりにしたい。世論調査の結果は、その理由を明確に「他の政党よりも良さそうだから」と、示しているのだから。

 「自民党と政党A」、「自民党と政党B」と比較したとき、自民党の支持率が高いのは自然なこと。すくなくとも、2009年の民主党と同じ勢いのある政党が見つからないのは確かだろう。このようなトーナメント方式の思考で有権者が投票する限り、この構図は永遠に変わらない。
 誤解のないように付け加えると、私は政党の政策や内容、つまりは質を比較しているのではない。イオンとイトーヨーカ堂がバイパスを挟んで2店舗あった時代と比べれば、小さな商店街の真ん中にイオンがあるような現状における勝負の結果は明白だ、というだけのことを主張しているにすぎない。

認識の転換
 そもそも二大政党制は経済体制における自由主義と保護主義という両極の落とし所を、世界情勢や時代に応じて選ぶためのシステムだったはずだ。
 しかし、今起きていることは、それらの土台となる民主主義や立憲主義の崩壊に他ならない。
 麻雀をしていたら突然、栓抜きを持ったプロレスラーが現れて、雀卓をひっくり返し点棒を鷲掴みにして勝利を宣言したとすれば、誰がそれを認めるだろうか。この状況で、「XXとは組めない」などといい出す人は、まだゲームを楽しんでいるのだ。ルールや現実認識を確認する作業から始めなくてはならない。

 経済体制を対立軸とした牧歌的二大政党制の時代は終わり、世界中が多様性と同一性、民主制と独裁制の間に落とし所を求めて悩んでいる。私には、情緒でつながる政党と理念でつながる政党を並べて比べる、「各政党の支持率」といった世論調査が、とても暴力的で時代遅れで有害に思える。
 なぜなら、多様性はその性質上、多様に分裂することが避けられないので、選挙の構図は「1対N」になるのが自然。結果として、弱小個人商店群はドン・キホーテ型の野党共闘でもってイオン型の独裁に抵抗するのが、ポスト二大政党制時代のパワーバランスのあり方だから。

転換の必然
 80年代のはじめにガルブレイズは、「巨大化するに連れて、企業の活動目的が利潤追求から組織存続へと転換する」と指摘した。
 あれから40年を経て、企業は国家の垣根を超えるほどまでに巨大化した。これらの国際巨大資本が自己保存を目的に活動するとき、国家の意味も変容する。彼らが国家に期待するものは、おそらく総督としての役割だろう。
 ポスト二大政党制が何をバランスするためのシステムになるのかが、わかるってもんだ。

<田吾作の声>  沖縄の悲劇は続く NO.237

 翁長沖縄県知事の突然の死去に胸を締め付けられた。6月の沖縄全戦没者追悼式での姿が最後になった。元来は保守の人でありながら度重なる自公政権の沖縄の民意を無視続ける姿勢に抗議しオール沖縄勢力の結集を図り知事に当選した。しかしシンゾウは沖縄の声をきくことを拒否した。彼の短い任期は前仲井真知事が本土の脅しに屈し辺野古沖埋め立てを承認したことを撤回する戦いだったと言ってもいい。
 前倒しとなる後任知事を選ぶ選挙戦は、辺野古移設問題が最大の争点だ。これまで各種国政選挙で反対派が沖縄では勝利してもシンゾウはその声を無視し実質的な統治者であるアメリカの意のままに服従してきた。反対の民意には沖縄への予算配分を減らすというムチで臨んだことで、現地の自公支持が勢いづき県政を奪われる暗雲も漂っている。道理よりもカネという醜い資本主義の本質が露呈している。
 無謀な沖縄戦で最後の組織的戦闘が終結したとされる1945年6月23日に牛島軍司令官が最後に本部へ送ったとされる「沖縄県民斯ク戦エリ県民二対シ後世特別ノ御高配ヲ賜ランコトヲ」という言葉を無視し続けたのもこれまでの自民党政権だった。終戦直後から始まった東西冷戦という国際情勢を考慮すれば沖縄の現状を消極的ではあっても認めるという理屈も成り立つ。ところが朝鮮半島での緊張緩和という環境が激変する今日、従来の考えを通すことは沖縄の基地機能の強化とアメリカの恒久基地化につながるもので是認できない。
 元来保守とは急激な改革をチェックし緩やかに社会を前進させることであり、国を売るような政治は保守とは呼べない。売国は保守と通じない。良き真正保守の翁長さんの心中は察するに余りある。
(2018.8.13)

<田吾作の声>  建前国家の化けの皮 NO.236

 文科省の局長が息子の受験合格と引き換えに東京医科大へ私大支援事業補助金を与えた贈収賄事件は官僚機構の腐敗として世間の注目を浴びた。ところがその問題が波及して女子の合格数そのものを引き下げる「女子枠」が設けられていたこと、しかもかなりの数の他校でも一般化していたことが明らかになった。女子を揮った側の論理が凄い。結婚すれば女医は妊娠・出産・育児と休みが多く病院として戦力に計算し難いと言うのだ。明確な男女差別が医療を学ぶ最高機関でまかり通るのだから驚く。
 更に付け加えれば大学側に全く社会性という視点が欠如しているということだ。社会の再生産につながる女性の育児行為を病院内の人員配置や効率だけでしか見れない当局の時代錯誤には絶望的になる。判明した大学医学界の後進性が、政府の掲げる女性総活躍社会とは真逆であることは論を俟たない。シンゾウの政策自体は言葉の遊びで眉唾物であると信じていなかった多くの国民は今回の事件を冷めた目で見ている。だが、政府やシンゾウの反応は鈍い。
 この一連の流れを見ただけで現在の日本が「建前の国」に成り下がり、「本音の(忘れられた)国」に変質していると痛感する。テレビを通して長崎の平和祈念式典での非核三原則を守るというシンゾウの空虚な言葉が流れ、9条を骨抜きにしている後ろめたさは感じれない。事あるたびに日本が同盟国との間で枕詞として使う「自由と民主主義という価値観を共有する我々」という言葉の軽さが頭に浮かぶ。議会運営は数の暴力がまかり通り、共謀罪で国民の声を塞ぐ。
 東京医大への抗議行動も行われたようだが概して社会的関心は低い。諦めが先行し沈黙が支配すればこの国の未来は暗い。
(2018.8.9)

<みうらのま> ほのめかされて


 映画館で火災が発生したとする。一人ひとりの行動は予測できないけれど、全体としての行動は予測可能なのだという。

 実父が脳の手術で入院した。せん妄(意識障害)状態で、「この病院は外国人に支配されている」と、小声で私に訴える。
 ネトウヨによる「NHKは在日韓国人に支配されている」類の妄言と異なり、実父はネットどころか、本も新聞も読まない。キー局のテレビだけが情報源のはずなのだけれど、この被害妄想はどこからやってきたのだろうか。

 エートスという言葉が思い当たる。
 「日常的生活行動や生活態度を最奥部で規定し,常に一定の方向に向わせる内面的原理を意味する。」(コトバンク)
 と同時に、共同体の文化や慣習として、薄く広く空気のように共有されているもの。
 このボケ老人が呼吸する日本のエートスに、この種の被害妄想を喚起する成分が含まれているのだろうか。

 数年ぶりに会う知人と旅行に出て、渋滞の車中、ゆっくりと話ができた。
 現政権をディスる私に反論するでもなく、「でも、俺は民主党は嫌いだな」「韓国人はどうしても嫌いだわ」といった発言を脈絡なく挟み込んでくるアティチュードがネトウヨそのものであることに目を丸くした。
 「今や1%の支持もない国民民主党を取り上げて、『嫌い』を表明するとは、ずいぶんとマニアックだね」「どの国でも国境を共有する隣国同士は仲が悪いものだよ」と応じてはみたが、案の定、川に落ちた枯れ葉のように、話題は深まることなく、流れて消えた。
 実父と同じで活字とは縁遠いものの、インターネットを情報源に現代を生きる知人である。けれども、積極的に政治的オピニオンに接している人でもないから、やはり、これは時代のエートスなのだろうか。

 ある時期、ゴールデンタイムのキー局のほとんどが「日本スゴイ」系のプログラムで、番組表を眺めて驚いたことがある。HDレコーダの時代のテレビ放送に、古典的なサブリミナル表現が仕組まれているとは思はないが、時代のエートスを敏感に読み取り、需要に応じたコンテンツを提供するのは、テレビ製作者の通常業務だろう。
 陰謀論に対しては、慎重というか鈍重な私ではあるのだけれど、ザッカーバーグ が上院の公聴会に呼ばれたFaceBook の個人情報流出事件が、米国のトランプ大統領誕生にも、英国のEU理離脱にも大きな影響を与えている、という説には、信憑性があると考えている。

 そう考えてしまうのは、
 ・「民主党の頃よりマシ」
 ・「他にいないから」
 ・「いつまでモリカケ、野党国会サボり」
 ・「野党がふがいない」
 ・「共産党と組むような政党は」
 ・「政局にするな」
といった定型的で陳腐なメッセージが、矢継ぎ早にリリースされ、同時多発的に世間に拡散・浸透していく過程を日々、目にしているからだ。

 何年か前に聞いた、「何を言ったかではなく、何を『ほのめかされた』か、が重要なのだ」というスラヴォイ・ジジェクの言葉が、ずっと気になっている。
 なので、今回は「ほのめかす文章」にしてみたつもりなのだけれど、あまり成功はしていないはず。
 だって、向いてないんだもの。
 
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日本一新の会 (多摩出張所)

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当出張所では 日本一新の会の皆様の寄稿を随時、募集中であります。よろしくお願い致します。


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